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2011年04月28日

桜に込めた想い(スタッフ)

こんばんは。

小林鷹之事務所のスタッフAです。


今日も初夏のような陽気でしたね。

小林鷹之事務所の所在する八千代市ゆりのき台ではつつじが満開です。

町内を縦貫するゆりのき通りには白・ピンク・赤のつつじが、約1,7キロにわたって続き、まさに圧巻。道路にいながらにしてお花畑にいるようです。


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この美しいつつじは、地域ボランティアの方々による植樹や落ち葉の清掃活動等により維持されているとのこと。なるほど地域に愛されて育っているつつじなのだと納得。

植物も人々の想いを感じ取っているのかもしれませんね。


さて、植物の話題に関連して昨日の記事を読売新聞よりご紹介。

東日本大震災の津波で大きな被害を受けた宮城県名取市で、医療支援に訪れていた医師と地元の子どもたちが、復興の願いを込め、桜の苗木を植樹したとのこと。


その医師の名前は、川原尚行さん。アフリカ・スーダンで医療活動を行うNPO法人「ロシナンテス」の理事長です。

テレビで取り上げられていることもあるのでご存知の方もいらっしゃるかもしれませんね。川原医師は、外務省の医務官として在スーダン日本大使館に勤務。

アフリカの現実を目の当たりにして、ここで医療を行いたいとの一心で外務省を辞職。友人達とNPOを立ち上げてほぼ裸一貫でスーダンに飛び込み、現地医療に従事しているスゴイ人です。


何がスゴイって、現地に飛び込み、そして溶け込んで、息の長い支援をしていること。

当初、突然やってきた異国の医師に、スーダンの人々は冷ややかだったそうです。

「どうせ、ほとぼりが冷めたら帰っちゃうんでしょ」って。


それに対して、川原医師は言ったそうです。

「いや。僕はずっといるよ。」


開発援助では、ヨソの国の人々がヨソの文化を持ち込み、押しつけ、そして、プロジェクトが終了したらさっさとカネもヒトも引き上げる。そんなことが問題になっています。

そんな中で、「ずっといる。」その言葉は、現地の人々の心を揺り動かしたのでしょう。

川原医師は、家族として受け入れられ、スーダンで持続的な支援を行っているそうです。


冒頭の記事に戻ると、その川原医師が、震災時に日本に滞在しており、日本の惨状を目にして、震災の3日後には名取市入りし、避難所で診療を続けてきたとのこと。

桜の植樹には、「20年後に大きくなった桜の下で盛大に花見をする」との復興の誓

いも込められているそうです。


10年後も、20年後もずっと支援を続けていく。

そんな川原医師の決意を感じる記事でした。

息の長い支援の在り方。私たちも考えていく必要がありそうです。


最後になりましたが、本日、小林鷹之は再度石巻を訪問しております。
後日、本人より活動報告させて頂きますのでよろしくご確認ください。




2011年04月25日

女の子と運転士(スタッフ)

こんばんは。
小林鷹之事務所のスタッフSです。
突然ですが、問題です。
ある親子がお出かけをしていました。
お父さんが笑顔で娘の手を取り、仲睦まじく歩いています。
電車に乗ることになり、二人が乗車をしていると、女の子は景色を見に前方の運転席へと移動をしました。
女の子はガラス越しに、運転席を見つめています。
すると、その女の子の顔を見た電車の運転士が、
『この子は私の娘だ。』
と、言いました。
この運転士は何者で、何故この様なことを言ったのか。
皆様、おわかりになったでしょうか?
勘違い、生き別れ、養子縁組、etc.色々な想像ができるかと思います。
わかる人は瞬間的に、わからない人はひたすらわからないかもしれません。
正解を先に言います。
Ans.その運転士は子供の『母親』であった。
これがこの問題の正解です。
答えがでなかった方は、運転士を頭で『男性=父親である』と認識されたのではないでしょうか。
人間は普段より五感やネットワークを利用して様々な情報を得ています。
知り得た情報を糧に、物事を判断することは大切なことかもしれません。
しかし、先入観は時として広い視野の障壁ともなることもあると思います。
つい最近では、震災及び原発事故の風評被害により、福島県から来た転校生がいじめられるなどの事例もありました。原発のある地域にいたという理由で、事故により放射能汚染されているのでは?と認識されてしまったのです。この児童が受けたショックはさぞかし甚大であったかと思います。父方が福島の出身の人間として、何とも言えないやるせない気持ちになったのを覚えています。
高度な情報化社会である現代だからこそ、あらゆる情報やツール、感覚を駆使して情報を判別・吸収できればと思っています。
もちろん、簡単にそれができれば苦労はいりませんが(^^;)
""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""
頑張ろう日本!
~【prayforjapan】世界から届いた日本への祈り~
[
http://bit.ly/g55VB6 ] ←リンクをクリックしてください。
""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""

2011年04月21日

復興財源の捻出についてのスタンス

こんばんは。

小林鷹之です。



先ほど大きな地震がありました。

千葉県東沖が震源地。

八千代も震度4。

かなりの揺れでした。

みなさんも注意して下さい。


さて、先日、格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)が、米国債の長期格付け見通しを「安定的」から「ネガティブ(弱含み)」に変更しました。

これは、2年以内に米国債の格付けを引き下げる確率が3分の1を超えているということなんですね。

アメリカの財政事情については、別の機会に記しますが、今、太平洋の向こう岸でも財政が大きな問題になっているんですね。


ヨーロッパはもっと激しいですね。

これも別の機会に記しますが、ヨーロッパ中央銀行(ECB)が、今月、リーマンショック以降初めて利上げに踏み切りました。

PIIGS(ポルトガル、イタリア、アイルランド、ギリシア、スペイン。最近はベルギーも南北の政治問題が絡んで財政問題が悪化しており、ベルギーの頭文字“B”を加えてBIGPISと呼ばれることもあります)の財政悪化が懸念されています。


我が国の財政事情が世界の中でも最悪に近い状態にあることは周知の事実です。

そんな中での大地震・津波・原発の三点セット。

東電の賠償問題を含め、復旧にかかる費用は莫大な額に上るものと推測されます。



今、政府内・与野党間でその復興財源をどのように捻出するのかが議論の的となっています。

報道によると、民主党執行部が消費税増税に軸足を置いて議論を開始したとのこと。

そして、それに対し、与野党双方から異論が噴出しているとのこと。

消費税ではなく、所得税や法人税で増税すべきとの意見も強いようです。


この復興財源の捻出についての私のスタンスは次の通りです。


・現下の厳しい財政状況の下では、国債発行額を可能な限り抑制すべき。


・そのために増税もやむを得ないが、その前に不要不急の歳出を可能な限りカットすべき。その最たる例が、民主党マニフェストの目玉である、子ども手当をはじめとするバラマキ。


・歳出カットで足りない部分は増税で賄う。

・その際、高額所得者や企業をターゲットとする所得税率や法人税率の引き上げは、聞こえは良いかもしれないが、慎重であるべき。今、日本がやらなければならないことは、①人と企業をこの国に引き付けること、②その力を結集して成長に最大限結び付けていくこと、そして、③その成長の一部を復興に効率的に振り向けていくこと。我が国の法人税の実効税率は既にアメリカと並んで先進国中最高水準。企業の逃げ足は速い。


・消費税率の引き上げが被災者に打撃を与えるというのであれば、還付する仕組みを設ければいい。手続きが煩雑になる、という主張は反論になっていない。


端的に申し上げれば、今、この国がなすべきことは、成長や雇用の原動力となる人や企業を追い出すことではなくて、どんどん呼び込むことだと私は考えます。


みなさんは、どう思われますか?


2011年04月19日

共感力(スタッフ)

こんばんは。

小林鷹之事務所のスタッフAです。


昨日、スタッフSも書いていましたが、今八千代は葉桜が綺麗です。
満開の桜も見事ですが、青々とした若葉に見る桜もなかなかのものです。
あと1週間もすれば、街路樹も眩しいくらいの新緑に覆われるでしょう。


そんな気持ちのよい季節なのに(私事ながら)先週は、風邪に見舞われてダウンしておりました。
布団の中で悪寒と吐き気に苦しみながら思ったこと。
それは、やはり「近くに病院があること。病院にいけば医師がいること。医師が薬を出してくれること。」この当たり前のことが、当たり前でいられることの有難さ。


「被災地で病院が流された。医師が足りない。薬が足りない。」
何度となくニュースで耳にした言葉ですが、自分が切実に病院を、医師を、薬を必要として初めて、その深刻さを思い知りました。
すぐに医師に診せれば治療できる病気や怪我が、医師の不足に重篤化するケースもあったでしょう。常備薬を必要とする患者にとって、それが欠けることは命に係わるケースもあったでしょう。
その場に置かれた人々は如何ほどの恐怖や不安に怯えていらしたか。

今まで「分かったつもり」になっていた自分の浅はかさを恥じました。


小林鷹之もよく口にすることですが

「共感力」

今、試されている気がします。
関東に住む私たちが、被災された東北の方々と同じ経験を共有することは出来ないけれど、その苦しみや悔しさを他人事ではなくて、自分の事として考えてみる。「自分だったら?」って。

同情ではなく、共感。

その作業を繰り返すことで、被災された方も含めて、日本人みんながチームとなって力強い方向へ歩み出せる。そんな気がします。


2011年04月18日

Learn from yesterday, Live for today,・・・(スタッフ)

こんばんは。
小林鷹之事務所のスタッフSです。
桜も散り行き、葉桜が目立って来ました。
桜の花が散って行く景色は、いつ見ても時代の変移を感じます。
春は出会いと別れの季節ですね。
入学式や入社式など、新たなSTARTを切る人も多いことでしょう。
無限の未来に多いに期待し、新たなる門出を心から祝したいと思います。
前回の桜の季節から、どれだけの時が経過したでしょう。
この歳になっても、1年というのは長いのか短いのかわかりません。
1年間を細かくすると、
365日=8760時間=525600分=31536000秒
という計算になります。
元旦から1秒ずつ数えだしたとして、3000万数えたら12月になる訳です。
これを『もう』と思うか『まだ』と思うかは、個々の感性に依るとこでしょう。
その数え終えた時間は二度と戻ることはないと思うと、『時は金なり』とはいみじくも言ったものです。
私の座右の銘であり、大好きな言葉で、
『Learn from yesterday,Live for today,Hope for tomorrow.』
という言葉があります。
和訳すると、
『昨日から学び、今日を生き、明日へ期待しよう。』
です。
相対性理論で有名な、アルバート・アインシュタインの言葉です。
今日があるのも昨日のお陰で、明日があるのも今日のお陰だと思います。
時代の英知、先人の伝統、自己の経験から学び、限られた時間の中で何を思い何ができ、どれだけの希望を抱けるのか。
人生は生きている限り勉強ではないでしょうか。
今日という一日は、残りの人生の最初の一日です。
学生時代より10kg超太った私でございますが、大好きなラーメンとプリンを食べて、明日へ多いに期待したいと思います。

2011年04月17日

被災地にて

こんばんは。
小林鷹之です。

今日は陽射しが強かったですね。
朝から外にいたせいか、夕方頃には
「日焼けしたね!」
と何度も言われました。
暑くなってくると水分補給が必要ですから、みなさんも気をつけて下さいね。


この週末で、前職である財務省を辞職して1年が経ちました。
早かったような、長かったような。
とにかくとても多くの方々とのご縁を頂くことができたことは、私自身にとっての財産です。
何より、そのような方々との交流を通じて、
自分が今まで生きてきた世界がいかに狭い世界であったか、
まだまだ知らない世界がたくさん広がっている、
そんなことを実感できたので、これからもっともっと成長していきたい!
そんな意欲が更に強くなったことは良かったな、と素直に思います。



さて、今日は、先日のスタッフブログで触れられておりました被災地訪問について私が感じたことを記したいと思います。

12日の未明に、事務所若手スタッフやボランティアの方々と千葉を出発し宮城県に向かいました。
宮城県選出の愛知治郎参議院議員の事務所から連絡をいただき、石巻市で避難所向けの物資の搬入等を行うために人手が必要だとのことでした。
仙台で合流し、石巻に向かう高速に乗った直後、右手に荒浜のある若林区の凄惨な光景が目に飛び込んできました。
何も無い。
海沿いの松林がきれいに見渡せる。
そこには数多くの住宅が存在していたとのことでした。


高速を降り、石巻市の中心部にある物資搬入場所に近づけば近づくほど、被害が大きくなっていく。
道路に船や車がひっくり返っている。
営業している店は皆無。
震災から1ヶ月が経過しているとはとても思えない状況で、もう何が何だか分からなくなってくるんです。


物資搬入場所付近には、全国各地から支援に来られている自衛隊や消防の方々のテントが数多くありました。
必死になって勤務されている姿に、何とも言えない感謝の気持ちが込み上げてきました。
私自身は、被災者ではありません。
でも、

「ありがとうございます」

その気持ちで心がいっぱいになりました。


その自衛隊の方々のお力も借りながら、物資の搬入等を行った後、隣接する女川町に向かいました。
街の中心部に着いた瞬間、絶句しました。
見えるのは瓦礫のみ。
町全体が消えている。
雲一つない晴れわたる空と対照的な惨状を目の前にして、現実をすぐには受け入れられない自分がいました。

その後、最前線で陣頭指揮を取られている石巻市の亀山市長とお話しする機会を頂き、仮設そして恒久住宅の整備、飲食業をはじめとする零細企業への支援等、喫緊の課題が山積している状況の中で、冷静沈着に対応されている市長の姿勢を垣間見て、リーダーシップのあり方について深く考えさせられました。

市役所内は罹災証明の手続き等に来られた被災者の方々で溢れていました。
その横に、ご遺体の身元が確認された方々のお名前が列挙されている紙が何枚も貼り付けられていました。
あまりの数に呆然としながらも、ある母親と娘さんの生年月日がふと目に飛び込んできました。
女の子は2010年生まれでした。
何が起こったのかわからないまま無理やり閉じられた短い生涯。
自分の娘の姿とダブってしまって言葉になりませんでした。


その女の子の命には、必ず意味があったんだ。


赤の他人である私がそんなことを言う資格は無いとわかっているけれど、そう思わざるを得ない自分がいました。
二度とこんな悲劇を起こしたくない。
現職議員ではありませんが、この思いを政策というカタチにしていけるよう力を尽くしてまいります。

2011年04月12日

石巻へ向けて出発(スタッフ)

みなさん、こんばんは。小林鷹之事務所のスタッフAです。


震災から昨日で1か月。

大きな余震が続いているほか、福島第一原発事故も予断を許さない状況。

震災被害は、今なお現在進行形で続いているのだと実感せざるを得ない日々が続いております。


そんな中、少しでも被災者の方々のお力になりたいと、本日未明、小林鷹之本人を含め、事務所の若手スタッフ及びボランティアの方で宮城県の石巻に向けて出発いたしました。

物資搬入などをお手伝いさせていただきます。

他の日程との都合で、残念ながら今回は一日限りの活動とはなりますが現地に赴いてはじめて分かることもあると思います

明日以降、本人からご報告いたしますので、またブログをご覧頂ければ幸いです。

よろしくお願いいたします。

2011年04月8日

津波対策に関する法的整備を急げ

こんにちは。

小林鷹之です。

昨晩、宮城県沖でマグニチュード7.4の大きな余震がありました。

東北地方では震度6強を記録し、3.11以来最大の余震。

八千代でも大きく揺れました。

たまたま娘を風呂に入れていた時でしたので、すぐに風呂から飛び出て、娘に服を着せて、いつでも抱えて動けるように準備しました。


東北地方では死傷者が生じ、また、大規模な停電等も生じたとのことで、まさに今、必死で立ち上がろうとされている方々にとっては、精神的にも大変厳しい状況になっていると思います。
自然の脅威の前に人間の力は無力かもしれませんが、こんな時こそ何とか支え合っていかなければ。


今回、多くの尊い命を奪った津波。

実は、この津波への対策については、災害対策基本法と地震防災対策特別措置法などに規定されていますが、地震や台風などの自然災害と一体的に規定されているため、津波特有の事項について詳細な規定が存在しないんです。

でも日本では、今回の事件まで、津波による大きな被害がなかったため、なかなか法整備が進んできませんでした。



では誰もその点を気にかけていなかったかというとそうではありません。

東海、東南海、南海の3地震は、今後30年間にかなりの確率で発生すること、そして、その3地震が連動して生じた場合には相当の被害が生じることは、かなり前から予測されておりました。



昨年の4月から5月にかけて、二階俊博衆議院議員のお誘いもあって、自民党津波議連の会合に何度か出席させて頂きました。

専門家から詳細な話を聞き、何度も検討を重ねた上で、昨年の6月に津波対策の推進に関する法律案を議員立法という形で自民党の有志議員が国会に提出しました。


主なポイントは、

【ソフト面の整備】

・国、地方、大学等の研究機関、事業者、国民、民間団体等の相互連携協力体制の整備

・津波の観測体制の強化

・ハザードマップの作成等を通じた、地域において想定される津波による被害についての周知

・観測・通報に関する国際協力の推進



【ハード面の整備】

・津波避難施設の整備

・最新の調査研究成果に基づいた既存の施設の維持・改良

・津波による浸水被害が予測される地域は住居地域に指定しないなど、津波対策に配慮した街づくり


この他、上記対策に関する財政・税制上の措置や、高齢者・障がい者などの災害弱者対策や避難所における情報過疎の解消や外国人の避難対策などについても規定されています。


しかし残念なことに、この法案は、殆ど議論されることなく国会において放置されました。
これは与党の責任であるとも言えますが、今さら責任論を展開しても仕方ありません。


重要なのは、日本国民の自然災害に対する意識が今までにない高まりを見せている時だからこそ、津波対策に関する基本法を一気呵成に国会で審議・成立させることです。
月日の経過は、大きな力を持って、過去を風化させていきます。
そのためにも、今なさねばらないことは、災害復旧という、起きてしまった問題の解決は勿論のこと、災害予防という、これから起こりうる問題の予防についても全力で政治が対処していくことです。
そして、政治と行政が国内外に情報を発信し続けていくことを通じ、その風化という事象に可能な限り抗っていかなければなりません。


もう二度と、こんな悲劇を繰り返したくはありません。

2011年04月6日

復興の誓いオールに込め(スタッフ)


こんばんは。小林鷹之事務所のスタッフAです。


八千代市の桜並木も見事な花を咲かせはじめました。

花見の宴会は憚られる今日この頃ですが、空を仰ぎ、華を愛で、新しい季節を迎えるのは良いものですね。

「ああ、日本人でよかった。」

そんなことを感じる一瞬です。


さて、昨日の夕刊を読んでいて、小林が「おっ」と声を挙げた記事。

タイトルは、「復興の誓いオールに込め」。

ボート(漕艇)競技の開幕戦ともいえるお花見レガッタが3日に埼玉県の戸田ボートコースで行われ、東日本大震災で被災した東北大と仙台大が出場し、奮闘を見せたという記事でした。


ご存知の方もいらっしゃると思いますが、小林は東京大学在学時、漕艇部に所属し、青春のほぼ全てをボート競技に捧げてきたといいます。

聞けば、艇庫と呼ばれる合宿所(人間より船のほうが大事にされているようで面白い名称ですね。)に寝泊まりし、年に300日以上、オールを握っていたとのこと。毎朝5時に起床、練習、食事、仮眠、練習、食事、練習、就寝の繰り返し。その頃の生活は、「食う、寝る、漕ぐ」に集約されるようです(笑)。


それだけ思い入れのあるボート競技。上記のボート大会で、東北大と仙台大が家族や友人を失ったり、艇庫が津波にのまれて船が使えなくなったりするという困難に立ち向かい、それを乗り越えて奮闘したとのニュースは小林にとっても勇気づけられるものだったようです。


オアーズマン(ボートの漕手の事をこのように呼ぶようです)達の「絆」は固く、小林自身、現在の政治活動を行うに当たって、大学や世代の垣根を越えて多くのオアーズマン達に様々な面で支えて頂いております。

その恩返しとして、今度は小林自身も被災した両校を応援できないか、そんな事も考えているようです。


絆を力に。

オールに込められた一人ひとりの力を合わせて、前に。

復興への道は始まっています。

2011年04月4日

子供は宝(スタッフ)

こんばんは。
小林鷹之事務所のスタッフSです。


花粉症の方には辛い季節ですが、ようやく春めかしい気候になって来ました。
巷はやや自粛の機運ではありますが、桜も満開になりお花見のシーズンが到来ですね。


私事で恐縮ですが、こんな日は走りたい衝動に駆られます。
学生時代からずっと陸上部だったので、しばらく体を動かないとうずうずして来ます。
今はさすがに余裕もモチベーションもありませんが、学生の時は誘われれば真夜中でも地元を走りに行って、朝日を浴びながら帰路につくなんてこともざらでした。
運動不足解消として、他には大学生の時に始めた柔道があります。今でも行ける時は地元の道場へ行ってます。(今年はまだ数回しか行けてませんが。)


柔道は、子供は宝であるということを多々教えてくれます。


柔道場でも一番元気なのは、やはり子供達です。
大人も年齢は様々ですが、子供も4才の年中児から高校2年までいます。
中学生や高校生は、学校の部活でもやっているバリバリの選手なのでかなり手強いです。気を抜いてたらすぐやられます。


そして小学生達は元気を武器に、広い道場をいっぱいに暴れ周っています。
大人との練習では容赦ありません。
余裕でパンチandキックを出す猛者もいます。ひっかきやぶら下がりもあります。
過去には帯をかじってくれた少年もいました。
子供同士では時にケンカになることもあります。
でも3分後には笑って練習している姿には、さすがと感心(?)してしまいます。


学年の平均が小4ぐらいなので、自分とは一回り以上違う子供達ですが、そんな子供達の姿勢からは学ぶこともたくさんあります。
彼らは大人には無いものをたくさん持っていて、何より純粋な心で柔道という競技を楽しむことを知ってます。
要領良くとか、ええ格好しくなどの邪心は、彼らにはありません。


師範の指導に眼を輝かせ、身を乗り出して聞いていたり、レベルはどうあれ『こんな技出来るようになったんだよ!!』と誇らしげに話す姿は、幼ながらにして実に逞しいものです。


練習ではまだ弱くても、最後の体操では誰より大きな声を出す子がいます。
トイレに行って来ると言って、隠れて悔し泣きをしている子がいます。
もう何年も欠かさず、練習後に黙々と日誌を綴っている子がいます。


将来大物になりそうな予感がひしひしとしますね。


改めて子供は宝であることを感じさせてくれます。
でも困っちゃうので人の携帯で勝手にメールするのは止めてね。


今年度から中学生になった子で、多大な才能を感じる子がいますが、恐らくこの子が自分の年齢になった時には、自分なんかは相手にならないでしょう。
そう思うと悔しくもあり、なんだか嬉しくもあります。
ドラゴンボールの悟空の様な心境でしょうか。オラ、ワクワクしてきたぞ!的な。


ご存知の方もいらっしゃるとは思いますが、小林鷹之は自民党千葉二区支部長という職の傍ら、一児の親でもあります。
自他共に認める子煩悩パパです。
我が子はもちろんのこと、今を生きる子供達を愛し、また、現代のツケを払わされかねない子供達の行く末を、本気で憂いでいる人間でもあります。
今の子供達が大人になった時、先人達と同じ様にまた子供達を愛し、この国に生まれて良かったと心から思える様な国にするのも、政治の本来の使命ではないでしょうか。

小林鷹之は子供達へ明るい未来を残す為、今日も精一杯汗をかいて頑張っています。
変わらぬご指導ご鞭撻を、宜しくお願いいたします。

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