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2011年05月30日

国際感覚

こんばんは。

小林鷹之です。


今日は何より東北地方での大雨が心配です。

一日も早い復旧・復興のためにも、2次災害が大きくならないことを祈ります。


明るい話題もありました。

昨日、長友選手が所属するイタリア・セリエAのインテルが見事優勝しましたね。

長友選手を見ていると、本当にすごい、と思います。

体格のハンディを補って余りある桁外れの運動量。

プロのサッカー選手としては、エリートとは言えない道をコツコツと歩んできたんですね。

努力は裏切らない。

やればできる。

そんな思いを抱かせてくれる長友選手は、まさに日本サッカー界の期待の星。

どんどん活躍していただきたいですね!


さて、そんな長友選手より少し年下の大学生3040人を対象に、本日千葉大学で講義をさせて頂きました。

国際感覚の必要性を説いて、若い学生たちの可能性を広げるきっかけをつくって欲しい、との要望を受けての講義でした。

外交官(ワシントン)、留学(ボストン)、インターン(エチオピア)の経験を基に、今の日本が国際社会において置かれている状況やその問題点、そして一人ひとりに求められている課題などについて、思うところを語らせて頂きました。

学生の方々との意見交換はとても楽しく、刺激的でもありました。


未知の可能性を秘めた若者たちの今後の飛躍を期待しつつ、キャンパスを後にしたのですが、帰り道に米主要紙ニューヨーク・タイムズをチェックしていたら、気になる記事が目に留まりました。

タイトルは、


“Japan Appears Dispensable as a Supplier (サプライヤーとして不要な日本)


要は、「当初考えられていたよりも、日本が世界から隔離されていて、震災によって日本が大打撃を被っても、世界の工業製品の供給網に与える影響は限定的である」ということが書かれているんですね。


そもそも、国内メディアとは異なり、欧米メディアの主要な関心は、既に日本の災害から移り去っています。

そんな中で見つけた記事だっただけに、日本にとってネガティブな内容がとても気になりました。


先日発行した『鷹之からの手紙』にも書いた通り、外国は日本をいつまでも待っていてはくれない。

そんな中で、足元の永田町の政局、まさにコップの中の内向きなせめぎ合いを見ていると、あまりの危機感の欠如に強い不満を禁じ得ません。

国際感覚を身に付けなければならないのは、学生に限ったことではない気がします。

2011年05月28日

内閣不信任決議案の提出について

こんばんは。

小林鷹之です。


ドーヴィル・サミットが閉幕しました。

日本のメディアでは、首脳宣言において「日本への支援」や「原子力の安全」が言及されたと報道されています。

しかし、ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、フィナンシャル・タイムズ等のサミット主要記事は中東支援に関するもの。

我が国の復興のためには国際社会からの持続的な支援・協力が不可欠であることを考えれば、海外の関心との温度差を冷静に踏まえた上で、積極的な情報発信を継続していかなければなりません。

海水注入を巡って公表される情報が二転三転することは、発信される情報そのものへの信憑性を低下させます。

政府には正確かつ迅速な情報発信を担保する体制を速やかに構築していただきたいです。


さて、最近、地元の支援者の方々から、自民党に対するお叱りや失望の声を頂く機会が多くなりました。


「東北の被災地の惨状を考えれば、今、政局を作っている場合ではないだろう。せっかく応援しているんだから、自民党はもっとしっかりしてくれ。」


同感です。


そもそも私は、一部の自民党の長老議員が主張する安易な大連立には反対です。バラマキ政策を含め、民主党のマニフェストの核となる政策に賛同できない以上当然のことです。


しかし、かといって、国難と形容されるこの時期に、能動的に政局を作ることにも反対です。今、国政に求められているのは政局ではなく政策。与野党は建設的な議論を通じて、より質の高い政策を打ち出していくことに注力すべきです。野党としては是々非々で対応すればいいだけの話。


今の内閣支持率を見れば、有権者の大半が、菅内閣に日本の未来を託したいと考えていないことも明らかです。

原発を含め、復旧作業が一段落した時点で、与野党がそれぞれ復興に関する公約を掲げ、総選挙で国民の信を問えばいいと考えます。


内閣不信任決議を出したい気持ちは私も同じです。

でも、この国の現状を考えれば、ぐっと堪える必要があると考えます。

以上が足元の政局に関する、私の基本的なスタンスです。


最後に。
今日は、娘にとって、生まれて初めての誕生日です。
あいにく娘は流行りの風邪にかかり、39度超の熱が出ています。
額に冷えピタを貼られた寝顔を見ていると、「おめでとう」だけじゃなくて、「1年間頑張ったね。ありがとう。」そんな気持ちにさせられます。
たった一本のロウソクは、娘にとって堂々たる金字塔に思えてなりません。



小林鷹之 オフィシャルブログ Powered by Ameba

2011年05月26日

哀愁(スタッフ)

小林鷹之ブログを御覧の皆様、こんばんは。
事務所スタッフのSです。


日の入がだんだんと遅くなり、19時を過ぎてもまだうっすら明るい日もあります。
緩慢ながら季節は確実に夏へと向かっていますね。


昨晩は所用で地元へ立ち寄りました。
地元と言っても今住んでいる所からさほど離れていないのですが、自分が幼少から育った場所というのはやはり特別な存在です。
4歳の頃から住み、もう20年を経過してもこの場所だけは何も変わらない。
立ち止まり辺りを見渡す度にそれを実感します。見慣れた風景の並ぶこの場所で、仲間と笑ったり泣いたり怒ったり走ったり、何でもしました。
あの頃と違って、多少純情さを失ってしまった気はしますが、根幹は今でも何も変わっていない様な気がします。良いことなのか悪いことなのか、そこまで考えるのは止めました(笑)。
ノスタルジックな余韻を感じながら、昨日はそのまま歩いて帰りました。
少々のダイエットにもなったでしょうか?


閑話休題ですが、
『政治を知る』ということには、決して終わりはないと思っています。
それは歴史と同等であり、日々激しく流動する世界を知ることには、終わりは存在しません。


旧石器時代より始まり、卑弥呼の邪馬台国に中世の時代、戦国の世、江戸幕府の成立、幕末、明治維新、帝国憲法制定、国際連盟脱退、太平洋戦争から終戦、55年体制の崩壊、そして一昨年の政権交代。
国内だけでも、数えきれない数多の歴史があります。政治もそれと共に歩んで来ました。
知っても知っても、例え知りつくした人が居たとしても、またその瞬間から政治の歴史は刻まれています。
その世界に身を置く人間は政治を知ることが極めて必然であり、そうあって然るべきだと思います。
原発問題が未だ収束しない中、国内政治は未だ混迷を深めています。
内閣不信任案は、提出される見通しであると報道があります。
不信任案は提出されるだけでも大きな政局です。
永田町も風雲急を告げそうです。
しかし小林が常々申し上げている様に、『政局在りきの政治』は誰も望んでいないはずです。
政局が常にチラつき、急務な政目且つ重要な議論が闊達に交わされない、ウィーン会議じゃないですが、踊れど前へ進まない政治であっては意味がありません。


政権与党である民主党からは、若い代議士が一人離党しました。
果たしてこれに『あいのり』する人々は現れるのでしょうか。


現代の政治も、過去に倣って数多の歴史を刻んで行く様です。
いつ何時も、学びが必要ですね。

2011年05月25日

タイガーマスク現象―その後(スタッフ)


みなさん、こんにちは。

小林鷹之事務所のスタッフAです。

今週はぐずついた天気が続くようですが、今日はその合間を縫うようなお天気!

みなさまは如何過ごされましたか?


さて今日は先日テレビで特集していた「タイガーマスク現象―その後」の話題です。

タイガーマスク現象。皆さんもご記憶に新しいのではないでしょうか。

昨年12月末に「伊達直人」を名乗る人物から群馬県の児童相談所へランドセルが贈られたのを皮切りに、全国の児童養護施設に相次いだプレゼント。

「善意」は「善意」を呼び、今年1月15日の時点で確認された寄付行為の件数は実に1000件を超え、贈られたものはランドセルだけで750個余り、現金や商品券は約3200万円分に上ったと言われています。


あれから半年。番組では、タイガーマスクから贈り物が届いた施設の「その後」を追っていました。


取材していた児童養護施設で生活している子どもの約8割は「虐待」によるもの。

増え続ける虐待でその施設は満員状態。中学卒業後に進学しない場合には施設を出ていかなければなりません。番組では、高校受験に成功しなければ共に暮らす唯一の肉親である小学生の弟と離れ離れになる中学生の女の子の挑戦や、親の育児放棄で2歳から17年間施設で生活していた女子生徒が19歳となり、わずか21万円の支度金で自立しなければならない厳しい現実を取り上げていました。


番組を見ていて感じたこと。


それはやはり施設における対応の限界です。

番組でも取り上げていましたが、施設の子供達は初対面の来客でも、まとわり付くように抱きついてきます。それは虐待により愛情を受けるべきときに受けられなかった子ども達は他者との距離感がうまくつかめず、「この人は信頼できる大人か」「自分のことを嫌わないか」常に確かめてしまうからと言われています。

こういった子どもに必要なのは、安心できる「家庭」での生活ではないでしょうか。


現在我が国では、虐待を受けた子どもの保護を20人から30人程度の「施設」での共同生活の下で行っているのが実情です。

スタッフの皆様の日夜のご苦労は素晴らしいものではありますが、やはり施設での共同生活はきめ細やかな対応が行き届かないところもあるでしょう。

「先生」ではなくて「お母さん、お父さん」からしか得られない愛情というものもあるでしょう。


我が国においても、諸外国のように里親制度をより促進させ、子どもたちを少人数のより家庭的な雰囲気で育ててあげたい。

そのためには、「伊達直人」のような個人の善意はもちろん、行政としても意識の改革が必要である。


そんなことを考えた夜でした。

「伊達直人」さんと同じ名前の「菅直人」さん。

真のヒーローは表に立たず、ひっそりと功績をなす方ですよ。

2011年05月25日

債権放棄発言に見るポピュリズム

こんにちは。
小林鷹之です。


震災後にしばらく自粛していた朝の駅頭での演説ですが、連休明けから再開しました。
真冬に比べると、気温は高いし、日の出が早いので、全く苦にはなりません。
ただ、娘が不規則な時間に目を覚ます日は、寝不足のまま駅に向かうので、目の下にクマが出ている日もありますが、いたって元気です!


駅立ち後に訪れた地元の企業。
八千代市の農村地帯でとてものどかな場所にあります。
そこで、社長とお話ししていたら、次の面会相手の方がいらっしゃいました。
よく見たら、ボクシングの元世界チャンピョンの畑山隆則さんでした!
現役時代から、ものすごくかっこいい人だなあ、と思っていた人なので、少し得した気分になりました。

さて、金融機関による東電への債権放棄に関する枝野官房長官の発言。
この問題がいまだ尾を引いています。
発言内容が曖昧なため、詳しい真意を図りかねますが、要は「公的資金の活用については、金融機関による事実上の債権放棄が前提」との立場をとっていると解釈せざるを得ません。
これは由々しき問題です。

確かに、有権者の立場からは、一見もっともらしく聞こえるかもしれません。
しかし、この手の発言は、「金融機関=金の亡者、社会的強者、国民(納税者)=被害者、社会的弱者」という単純な構図の中で、「強きを挫き、弱きを助く」のが政治家としての善であるとするパフォーマンス以外の何物でもありません。
いや、パフォーマンスで終わればまだいい。


金融機関は、法という民主主義のプロセスの中で定められたルールに基づいて東電に融資したわけで、株主責任すら問わないままに、「自発的」(≒半強制的)な債権放棄を主張することは、法治国家としての原理原則を根底から覆しかねません。
ポピュリズムそのものです。


ただでさえ企業、とりわけ市場で社債による大規模な資金調達が困難な中小企業に、十分な資金が行き渡っていない状況なんです。
法というルールそのものへの信頼が揺らげば、金融機関は何を基準に貸し出しを行えば良いがわからなくなり、更なる金融収縮を惹起し、その結果、日本経済が一段と悪化するのは目に見えています。それに海外からの資金も日本を忌避するようになります。
「何となくあいつ(金融機関)が気に食わないから責任を押し付けてしまえ」というのは、いじめと同じです。


一方で、報道によると、被災企業等が抱える二重ローン問題への対策として官民出資による再生ファンド案が浮上しているとのこと。
対象企業の選定方法や債権の買い取り価格の査定方法など、スキームの詳細はまだ見えてきてはいませんが、発想としては評価できると私は考えております。

但し、債権の買い取り価格を巡り、金融機関はできるだけ簿価に近い額での買い取りを希望しているとの報道がなされています。
この点については、一言コメントしておきます。

金融機関がこのような主張をするのは自然ですが、本件については、仮にファンドを設けなければ、ルールに基づき、金融機関は相当程度の損失を被るものと考えられます。
被災企業の担保価値が相当程度毀損しているのだから当然ですね。
そのような中で、敢えて、国民負担が生じる可能性があるスキームを立ち上げようとしているわけですから、納税者の利益を可能な限り保護するために、金融機関に一定のヘアカット(≒債権放棄)等を求めることは理に適っています。

以上のように、それぞれのケースによって、金融機関と国民(納税者)との関係は、異なってくるのが当然です。
何となく聞こえが良いから、というだけの理由で国民を欺こうとする言動を政治家は慎むべきです。
マニフェストの失敗に懲りず、そんな行為を続けていれば、政治への信頼はいつまでたっても回復しないんです。

2011年05月24日

2億5千万年(スタッフ)

こんばんは。
小林鷹之事務所のスタッフRです。
暖かくなったり寒くなったりと気温の変化が激しい毎日ですね。体調を崩さないよう気をつけましょう。
世界は、初め一つの大陸だった。
そこから
2億5千万年をかけて6つの大陸、アジア大陸
アフリカ、アメリカ大陸、南極大陸、ヨーロッパ大陸、オーストラリア大陸に分かれていき現在の地球になった。そして今地球は、再び一つの大陸に戻ろうとしているという話を聞きました。壮大な話で全てを理解することはできなかったのですが、2億5千万年後の地球は海岸部では嵐が吹き荒れ、内陸部では灼熱の砂漠地帯が広がっているようです。とても生命が生きていける状態ではないという話でした。
現在から見た
2億5千万年前は恐竜が絶滅した時期だと言われています。では、2億5千万年後にもし人類が存在するのだとしたら、その未来から見た現在はどのように見えているのでしょうか。想像することさえ大変難しいです。
それでも唯一わかっていることは2億5千万年経過しても、時間という概念が存在するかぎり、過去と未来のつながりの中に現在があるということです。私たちはそのつながりの中の一つで過去に起こったさまざな出来事の上に立ち、今私たちが行っていることは
2億5千万年後の地球や未来の誰か
に影響を与えているのです。
つまり現在の私達の行いで
2億5千万年後の地球は生命に満ち溢れている地球になるのかもしれません。
壮大なロマンです。
目先の事を考えるだけでなく、遠い未来に思いを馳せながら日々を生きていきたいものです。

2011年05月22日

IMFのトップは日本から出すべきだ

こんばんは。

小林鷹之です。



今日は夕方から天気が崩れましたね。

傘を持たずに外を歩いていたので、クリーニングに出したばかりのスーツがびしょびしょになりました(苦笑)。

こんな日は疲労も溜まりますが、帰宅後の娘の笑顔で全てが吹っ飛びます(笑)。



さて、先日、IMF(国際通貨基金)のストロスカーン専務理事が辞任しました。


IMFとは、平たく言えば、ある国が資金繰りに困った時にお金を貸し出し、通貨や世界経済の安定に寄与する金融機関です。

開発金融を担当する世界銀行と共に、ブレトンウッズ機関と呼ばれ、とても影響力のある国際機関です。



そのIMFのトップを専務理事(Managing Director)と言います。

これまでは、設立以来、ずっと欧州から選出されてきました。

一方の世界銀行のトップはアメリカからとなっています。

これは何か明文の規定があるわけではなく、慣習に過ぎません。



今回のIMF専務理事の辞任理由もさることながら、世界経済における新興国経済の占める割合が増加してきていることから、この慣習に抵抗する動きが最近強くなってきています。



今朝の読売新聞の社説でも、「IMF専務理事を(新興国である)中南米やアジアから選ぶべきだ」との主張が掲載されていました。



財務省での勤務時代、IMF関連の仕事にも携わりました。

その時の経験に照らして言えば、私は、専務理事を欧州から選び続ける必要はないと思います。

しかし、新興国である中南米やアジアから選べば良いとも思いません。

何故なら、ブラジルやアルゼンチンを含め、IMFから融資を受けてきた国、つまり資金の借り手国から貸し手である金融機関のトップを選ぶというのはモラルハザードや利益相反といった問題を惹起すると考えられるからです。



であるとすれば、欧州以外で専務理事を出せる国はどこか?



私は、日本しかないと思います。



IMFにおける存在感を示す一つの大きな指標は、クォータ(出資割当額)と呼ばれるものです。

このクォータは相対的な経済規模によって決定されますが、具体的には、GDP、開放度、外貨準備等の要因によることになっています。

クォータはIMF内における投票権の大きさとも連動します。国連とは異なり、一国一票ではないんですね。

そして、我が国は米国に次いで二位の地位を占めている。


しかも、2008年のリーマンショックで崩壊寸前にあった世界経済を支えるにあたり、IMFは大きな役割を果たしましたが、何故それが可能だったのか。

危機の直後に、真っ先に日本政府(麻生内閣)が手を挙げて、IMFとの間で1,000億ドルもの緊急支援を約束したんですね。

日本が口火を切ったからこそ、他の欧州や新興国も後を追って支援を約束したんです。

これまでの経緯を見れば、日本が専務理事を出しても全くおかしくないんです。



確かに、こういう国際機関の長のポストを獲得するには、緻密な戦略と入念な根回しが必要であり、そう簡単にはいきません。

だからこそ、そういう作業が不得手な我が国は、波風を起こすことを避け、専務理事の下にいる3人の副専務理事のうち、一つの席を確保し続けることで満足してきたところがあります。



しかし、既に波風が立ち始めている今の状況に鑑みれば、我が国としては、欧州や新興国に遠慮することなく、本気でトップを狙いにいくべき時期が来ている。

それくらいの気概を世界に対して堂々と示すべきです。

2011年05月16日

匂いが教えてくれる​もの。( スタッフ)

こんばんは。
小林鷹之事務所のスタッフSです。


先週末は天気にも恵まれ、春らしく陽気な気候でしたね。
快晴のそよ風は実に気持ち良いものです。
そんな先週末、八千代市内のとある歩道にて、手を繋いで散歩をしている老夫婦を見かけました。
手を添えてる訳ではなくて、しっかりと互いの手を取り合って歩いていた。
何歳になってもああやって仲睦まじくいられることは、何とも微笑ましく幸せなことで、見ているこちらもほのぼのした気分になりました。


私の主観ですが、季節には独特の匂いがあると思います。
よく天気の良い夜に、自宅のベランダに一人佇むことがあります。
特別何かするわけでもなく、何か考えるわけでもなく、ただ世の雰囲気を感じること。
どこかセンチメンタルな気持ちにもなったりもしますが、その度に四季の匂いを感じます。
春は、越冬してまた繁った草花の匂いです。


ロシアの小説家・ツルゲーネフの『片恋』の末文。
『人間のあらゆる喜びや哀しみといった感情は、草花のわずかな香りより、遥かに寿命が短いものだ。』


確かに、喜びや幸せ、悔しさや怒りは、ツルゲーネフの言う通り草花のわずかな香りよりも、短く儚いものかもしれません。
しかし、人はそれを計らずとして感じ、表現し、そしてまたそれを繰り返すのです。
草花のわずかな香りより短い感情であっても、それは時に人生を左右するものとなるかもしれない。
儚いけれど、究極に尊いものだと思います。


何時いかなる状況でも、自分の感情というのは大切にしたいですね。
とくとそう思います。


明日も、『善心』を『全身』で感じて『前進』したいと思います。

2011年05月14日

嘉手納統合案に見る米国政治情勢

こんばんは。

小林鷹之です。



今日も良い天気でしたね。

朝から、地元の植栽ボランティアの方々と共に、街路樹のツツジの剪定(せんてい)をやらせていただきました。

先日のスタッフブログでも紹介されたツツジです。

チェーンソーを片手に皆で片っ端から刈り続けるのですが、かなり大変な作業だなと感じました。

私は所用のため午前の一部のみしか参加させて頂けませんでしたが、ご高齢の方が多いボランティアの方々は一日中やられたので、本当に頭が下がります。

お疲れ様でした!



さて、話は変わりますが、現在、原発問題への対処等に国内の関心が集中している傍らで、外交問題がプレイアップされない状況が続いています。

北方領土において、ロシアが更なる軍備拡張を行い、実効支配を固めようとしている点はその最たる例です。

そして、米軍普天間基地の移設問題もその例に漏れません。



数日前に、米国上院軍事委員会のレビン委員長らが普天間基地の嘉手納基地への統合について言及したことが波紋を広げています。

そもそも、嘉手納統合については、これまでに交渉過程で何度か浮上してきた案ですが、騒音問題の更なる悪化や、空軍(嘉手納)と海兵隊(普天間)の統合オペレーションに問題が生じうるという理由で日の目を見ることはありませんでした。

しかも、先月末に、日本政府が、辺野古移設・I字案(滑走路が1本)を断念し、米国の主張する同V字案(滑走路が2本)とする方針を固めたとの報道がなされたばかりです(そもそも、このV字案は5年前に前政権下で合意されていたのですが・・・)。

日本政府が、辺野古移設こそが日米による政府合意であるとし、今回の嘉手納統合は米国の一部の議員による意見に過ぎないとするのは、自然な捉え方です。



しかし、米国の国内ポリティクスの観点も念頭に置いておかなければならないと思います。

今回、レビン議員が嘉手納統合案を主張した理由として、日本の国内事情によりこのままでは基地問題が解決されないことに加え、予算を可能な限り抑制したいとの背景があったようです。



今、米国では、軍事面に限らず、予算、すなわち財政問題が大きな争点になっています。

米国では、連邦債務(累積ベース)の上限を法律で規定します。

これまでも、債務残高が上限に近づくたびに政府による要請を受けて、その都度議会が上限を引き上げてきたのですが、今回は非常に難しい様相を呈しているんですね。



その原因が、米国の国内政治情勢の変化です。

昨年秋の中間選挙によって、米議会の状況が一変しました。

下院では多数派が民主党から共和党へと変わり、上院では民主党が何とか多数派を占めてはいるものの、フィリバスター(議事進行妨害)を阻止するための60議席のラインを割りました。

簡単に言えば、オバマ大統領(民主党)率いるホワイトハウスと議会との関係が非常に難しくなったということです。

議院内閣制の下で、議会最大与党から総理を出すことが通例の我が国とは政治体制が異なるんですね。



しかも来年の大統領選に向けて、与野党の政治的駆け引きが激化しています。

連邦債務の上限引き上げの話もその一つの材料となっていることは否定できない事実です。

万一、米国の債務がその上限を超えることになれば、米国債がデフォルトし、世界経済が大混乱するでしょうから、米政府としては何としてでも避けなければならないシナリオです。

議会で力を持つ共和党は、その足元を見て様々な要求をし、色々な角度から譲歩を引き出そうとするでしょう。



したがって、普天間の問題にしても、米政府との合意を重視するのは当然ですが、相手国の政治情勢を踏まえ、流動的な面が強くなっていることを認識した上で、日本政府としての意思決定を下していかねばなりません。

災害対応に全力を尽くすことは当然ですが、それによって外交に関するアプローチが単調になることがあってはなりません。

2011年05月12日

悪天候の折に。。。(スタッフ)

みなさん、こんばんは。

小林鷹之事務所のスタッフAです。


今日は一日雨降りのすっきりとしないお天気。

天気予報によれば、東日本では引き続き13日朝にかけて、局地的に雷を伴って1時間に20~30ミリの激しい雨が降るとのこと。

地震の影響により地盤が緩んでいる所もあり、がけ崩れ等の土砂災害の起こるおそれもあるといいます。みなさま、どうかお気を付け下さい。


さて、今日のように、強い雨風に見舞われた日。小林鷹之事務所のスタッフとして、常に気掛かりとなるのが「街の分身が元気でいるか」ということです。


「街の分身」。そう、小林鷹之のポスターのこと。


お蔭さまで最近では街の各所に小林鷹之のポスターを貼らせて頂いているのですが、このポスター、自然の力を前に盤石とはいえません。

念のため申し添えさせて頂くと、我々としても、強度を補強するために板による裏打ちをするなど工夫はしているのです。それでも特に地元八千代は内陸にもかかわらず強風が吹くこともあり、気付くと分身君が居なくなっている、そんなこともしばしばです。


強風の翌日は、スタッフ総出でパトロールをしておりますが、それでも目が行き届かないところがございます。

破損したポスターでご近隣の皆様にご迷惑をお掛けしてはそれこそ本末転倒でございますので、ポスターが破れている、剥がれている、壊れている。何かしらお気づきの点がございましたらお手数ですが小林鷹之事務所(047-409-5842)までどうぞご一報ください。


それでは皆様、夏のような天気になったかと思うと、この肌寒さ。

気紛れなジグザグ天気に対応するのは大変ですが、どうぞお風邪を召されませぬようにご自愛くださいね。

2011年05月9日

スーツ(スタッフ)

こんばんは、事務所スタッフのRです。
昨日はとても暑かったですね。車を運転しているときは窓を全開にして、スーツを脱いで運転していました。そこで私、ふと思いました。
なぜこんな暑いのにスーツを着ているのだろうと。
気になったので少し調べてみました。


1858年の日米修好通商条約により各地の港が開かれ西洋文化が広まったため。
江戸幕府が軍服を西洋式にすることを決めたため。
明治維新以降、政府が欧米化の一環としてスーツを奨励したため。
和装だと着る手間がかかる上に動きにくく機能的でないため。
など、さまざまな理由があるようですが、第二次世界大戦の終戦後、西洋文化が日本に大きく入ってきたことが大きな理由のようです。


つまり、1000年以上和服を着ていた日本人が、スーツを着るようになったのは、
ここ150年くらいの間ということです。
時代の変化は私が思っているより、突然で目まぐるしいスピードで起こっていくようです。


現在の日本は原発や震災、借金など様々な問題を抱えています。
このような問題を解決していくには、日本の生活様式が和装からスーツに変わったように現在の私達の生活にも大きな変化が求められているときなのかもしれません。
スーツを脱いでそんなことを思う1日でした。

2011年05月8日

浜岡原発の停止について

こんばんは。

小林鷹之です。


今日はGWの最終日。

とても良い天気でしたので、外出された方も多かったのではないでしょうか。

八千代市から印西市に入ったすぐの所にある北総花の丘公園のそばをたまたま通りがかりましたが、家族連れの方々でとても賑わっていました。

一方で、今日の気温でさえ「暑いなあ・・・」と感じたのも事実。

節電の夏に向けて、気を引き締めていかないといけませんね。


さて、その節電ですが、私たち国民一人ひとりが我慢すれば済む問題であれば良いのですが、企業にとっては大きな問題です。

一昨日の晩に突然なされた総理の記者会見。

中部電力に対して、浜岡原発停止の要請がなされました。

多くの企業関係者は驚きをもって受け止めたと思います。


賛否両論ありますが、どちらの立場をとってもリスクを伴います。そして、そのリスクを比較衡量するのは簡単な作業ではありません。だからこそ、国民の負託を受けた政治家こそが最終的に決断できるし、しなければならない。


菅総理がそれだけの覚悟をもって比較衡量し、今回の停止の決断をしたのであれば、それも一つの在り方かもしれません。

でも、そのプロセスを見ていると私自身はどうしても納得できません。


菅総理や海江田経済産業大臣は、「今後30年以内に87%の確率でM8程度の東海地震が発生する」との説明の一点張り。


しかし、浜岡原発が何故問題になのかと言えば、東海地震で想定される震源がその直下にあるからですが、今回の巨大な地震においても福島原発は緊急停止ができたわけです。

では、津波に対する対策ができてないかと言えば、今回問題になった予備電源や給水ポンプは既に高い場所に移しているわけです。

そうしてもなお停止しなければならない理由を政府には具体的に説明していただきたいと思います。

原発停止がもたらすリスクは無視できないほど大きいのです。


仮に停止するのであれば、今後のエネルギー安全保障に対するスタンスの変更は勿論のこと、原発停止が国民生活や企業活動に与えるネガティブインパクトを十分に説明した上で、それをどの程度、そして、どのように相殺していくのかを具体的に示す責任が政府にはある。

これからの復興を牽引するにあたっては、国民一人ひとりの努力が必要なのは勿論ですが、やはり一番求められるのは企業の活力です。

政治の場当たり的な判断によって、一民間企業の活動に死活的に重要な制約が課され得るとの認識が市場に広まれば、企業やカネは日本から逃避していくことは想像に難くありません。


浜岡原発停止の決断を、総理が軽く下したとは思いません。

色々悩んだのだと思います。

しかし、それが本当に十分に検討し、悩み切った末の判断であったとはどうしても思えません。

みなさんはいかが思われますか?

2011年05月5日

鯉のぼり

こんにちは。
小林鷹之です。

今日はこどもの日。
みなさんはいかがお過ごしでしょうか?
私にとっては、父親として初めて迎える5月5日。
うちの赤ん坊は男の子ではありませんが、最近になり、ようやく少し立てるようになって、言葉も覚え始めた娘の成長を祝うために、今日はできるだけ娘と一緒にいてあげようと思います。

昔からこどもの日といえば、鯉のぼりが楽しみでした。
風になびく鯉を見ているととてもわくわくした記憶があります。

でも、去年の5月5日が、そんな鯉を見る最後の日になった子供たちがいます。
一週間前の4月28日に、再び東北の被災地に赴きました。
石巻市です。

目的地に向かう途中で、多くの児童が亡くなった石巻市立大川小学校に立ち寄りました。
多くの献花を見て、その日が震災後49日にあたることに気付きました。
108人いた児童のうち、70数名が死亡・行方不明となり、教職員と合わせるとその数は84名にのぼるとのことでした。

大きな揺れの後、津波の襲来に備えて、あるグループは校舎裏の山を登り、別のグループは傍を流れる川にかかる橋(新北上大橋)の方に逃げたとのことでした。
私が目にしたその橋は、立派な橋であるにも拘わらず途中で途切れていて、数百メートル離れたところに流された橋の残骸は、津波の恐ろしさを語るのに余りある光景。
山の方に逃げて何とか命をとりとめた教師の方の中には、津波で流された子供たちに対して申し訳ないとの思いから、命を絶った方もいると伺いました。


既に体をなしていない小学校の跡に、それとなく置かれていた鯉のぼり。
どなたが置いたのかは分かりませんが、無限の可能性を秘めた多くの無辜の命が奪われたことがやり切れなくて仕方ありませんでした。


つい先程、参加させていただいた八千代市の少年野球リーグの閉会式。
多くの少年たちは充実した笑顔でグラウンドに立っていました。
監督・コーチといった指導者の方々や多くの父兄の方々に囲まれて。

八千代の少年たちと大川小学校の少年たちとの間には特段のつながりはありません。
ただ、八千代の少年たちには、本来であれば20年後、30年後に、日本の社会を共に支えていくはずであった同じ年頃の「仲間」たちの分までも、一生懸命に生きて欲しい。
そして、一生懸命に生きる子供たちを、大人たちが一生懸命に支えていかなきゃいけない。
そんな思いを抱かずにはいられませんでした。

2011年05月4日

ビンラディンの死

こんにちは。
小林鷹之です。

今朝は八千代の新川沿いをジョギングしました。
1ヶ月前はピンク色だった道が新緑の道へと様変わり。
まさに「みどりの日」を実感する朝でした。
今年はGWの休日を夏休みに回す企業も多々あるとのこと。
休暇を取られる方も、仕事をされる方も、有意義な時間を過ごせるといいですね。

さて、ウサマ・ビンラディン氏が米軍によって殺害されてから3日が経ちました。
10年前の夏に初めて渡米し、その直後に生じた9・11のあの事件。
直前の8月下旬にワールド・トレード・センターを訪れていたこと。
テロリスト達が乗り込んだ飛行機が、当時私が住んでいたボストンのローガン空港から飛び立ったこと。
そして、何より、あの日の朝、学校で見たアメリカ人のクラスメート達が泣き叫ぶ姿が今でも脳裏に焼き付いていることから、今回の殺害については、個人的にはようやく一つの区切りがついたと感じる部分があります。

しかし一方で、9・11を契機に大きく構図が変わった国際社会は、あれから10年が経とうとしている今、もはやビンラディンの存在とは関係なく、不可逆的に姿を変え続けています。
テロとの戦いは、これで終わりになったわけではありません。
いや、終わりは無いのかもしれません。

この果てしなき戦いに対して、我が国としてどのように対処していくのか、これを機会に今一度確認する必要があると思います。
私は大きく二つポイントがあると思います。

一つは、テロという極めて卑劣な行為に対して断固たる対応を取り続ける方針を堅持・発信し続けることです。

「スパイ天国」とも揶揄される日本の国内で、北朝鮮の工作員が本気で原子力発電所を狙ったらどうなるか。
今回の震災・津波による影響をも超える被害も想定されます。
テロは解決するものではなく、予防するもの。
テロリストが付け入る隙のない監視体制の構築や情報網の強化を継続していくことが肝要です。

もう一つは、米国をはじめとする西洋諸国とイスラム諸国との融和を可能な範囲で介助することです。

「テロとの戦い」以来、米国政府は、敵視する対象がイスラム諸国ではなくアルカイーダをはじめとするテロリスト・テロ集団であると繰り返し説明してきました。
しかし、アフガン、イラク、あるいはイランへの対応など米国の中東政策は、アラブ諸国においては、反イスラエルの感情も相まって、根強い反米感情を育んできました。
それをテロリストが巧みに利用してきた現実があります。
アラブ諸国では、アルカイーダなどテロリスト集団へのシンパシーはかなり弱くなってきてはいるものの、今後の動向については予断を許さない状況にあります。

そのような中で、我が国としては、まずは自らの地政学的リスクに対処することに主眼を置くのは勿論ですが、中東における政治的な安定に貢献していくことは、世界平和のためだけではなく、自らのエネルギー安全保障の観点からも理に適っています。
排他的な一神教を崇拝する国々の中で、八百万の神を受け入れる土壌のある日本が果たすことができる役割も少なくないと考えます。

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