泣くのも仕事

おはようございます。 こばやし鷹之です。

今日もいい天気ですね! 一日張り切っていきましょう。

さて、なかなか頭から離れないニュースがあります。 先日、横浜市で起きた1歳2ヶ月の女児を木箱に閉じ込めて窒息死させた事件です。 理由は、夜泣きがうるさいから。 近所では、3歳の長女も含めて、姿が見えず、泣き声も聞こえないので、監禁されているのではないかとも噂されていたとのこと。

まず、児童相談所がもっと早いタイミングで介入できなかったのか、という政策面での問題が提起されて然るべきです。

児童相談所における人手が不足していることや、 児童虐待防止法において課されている通告義務(※)の認知度が低いこと、 そもそも厄介なことに巻き込まれたくないと思ってしまうこと、

などが原因として考えられるので、早急に対応を講じることが必要です。 (※同法第6条において、虐待を受けたと思われる児童を発見した人は速やかに児童相談所等に通告しなければならないことが定められています。)

加えてこれとは別に、同じ娘を持つ親として、

このような事件は、どうしても信じられないし、どうしても許せない。 私の娘はまだ2ヶ月なので、夜泣きがひどくなってくるのはこれからです。 今ですら、夜中に泣くので何度か起きて、オムツを交換しますし、ぐずる時は根気良く付き合わなければいけません。 確かに、疲れないといえば嘘になります。

泣きまくった翌朝は、とてつもなく眠い(今朝もそうです)。 だから、毎晩寝る前には、今晩は天使でいてくれよ・・・と願いつつ床につくようになりました。

でも、泣きまくっても、子供に対して不満をぶつけようとは全く思いません。 だって、子供にとっては、 合図を送る方法は泣くことしかないじゃないですか。

「おなかが減ったからおっぱいが欲しい」

「おしっこ、うんちでオムツが汚れて気持ち悪いから換えて欲しい」

「怖くて不安になったから安心させて欲しい」

赤ちゃんなりに、生きていくために必死なんです。 気持ちを懸命に伝えようとしているんです。 言葉で伝えられないから、泣くんです。

泣きわめくという言葉があるけれど、 「泣くこと」は「わめくこと」とは違う。 前者にはしっかりとした意義があるんです。

うるさいから閉じ込める。 信じられないですよ。

うるさいんじゃない。 うるさくしないと気付いてもらえない。 それに気付くのは誰ですか? 赤ちゃんは誰に「話し」かけてるんですか?

親ですよ。 他に誰か気付いてあげられる人がいるんだったらまだいい。 でもいないんですよ。

最近、思うんですね。 赤ちゃんにとって、いっぱい泣くことは、

いっぱいおっぱいを飲むこと、 いっぱい寝ること、 いっぱいオシッコとウンチを出すこと、

と並んで、立派な仕事なんじゃないかって。

他者に対して何かを伝えようとすることは、社会と交わっていくための最初のステップのような気がするし、何より大きな声で泣くことは、元気な証拠。 社会を何十年も生きてきた自分達の視線ではなくて、 赤ちゃんとおなじ視線で向き合ってあげる必要がある。

そう感じてなりません。

亡くなられた赤ちゃんに心から哀悼の意を表します。

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