被災地にて

こんばんは。
小林鷹之です。
今日は陽射しが強かったですね。
朝から外にいたせいか、夕方頃には
「日焼けしたね!」
と何度も言われました。
暑くなってくると水分補給が必要ですから、みなさんも気をつけて下さいね。
この週末で、前職である財務省を辞職して1年が経ちました。
早かったような、長かったような。
とにかくとても多くの方々とのご縁を頂くことができたことは、私自身にとっての財産です。
何より、そのような方々との交流を通じて、
自分が今まで生きてきた世界がいかに狭い世界であったか、
まだまだ知らない世界がたくさん広がっている、
そんなことを実感できたので、これからもっともっと成長していきたい!
そんな意欲が更に強くなったことは良かったな、と素直に思います。
さて、今日は、先日のスタッフブログで触れられておりました被災地訪問について私が感じたことを記したいと思います。
12日の未明に、事務所若手スタッフやボランティアの方々と千葉を出発し宮城県に向かいました。
宮城県選出の愛知治郎参議院議員の事務所から連絡をいただき、石巻市で避難所向けの物資の搬入等を行うために人手が必要だとのことでした。
仙台で合流し、石巻に向かう高速に乗った直後、右手に荒浜のある若林区の凄惨な光景が目に飛び込んできました。
何も無い。
海沿いの松林がきれいに見渡せる。
そこには数多くの住宅が存在していたとのことでした。
高速を降り、石巻市の中心部にある物資搬入場所に近づけば近づくほど、被害が大きくなっていく。
道路に船や車がひっくり返っている。
営業している店は皆無。
震災から1ヶ月が経過しているとはとても思えない状況で、もう何が何だか分からなくなってくるんです。
物資搬入場所付近には、全国各地から支援に来られている自衛隊や消防の方々のテントが数多くありました。
必死になって勤務されている姿に、何とも言えない感謝の気持ちが込み上げてきました。
私自身は、被災者ではありません。
でも、
「ありがとうございます」
その気持ちで心がいっぱいになりました。
その自衛隊の方々のお力も借りながら、物資の搬入等を行った後、隣接する女川町に向かいました。
街の中心部に着いた瞬間、絶句しました。
見えるのは瓦礫のみ。
町全体が消えている。
雲一つない晴れわたる空と対照的な惨状を目の前にして、現実をすぐには受け入れられない自分がいました。
その後、最前線で陣頭指揮を取られている石巻市の亀山市長とお話しする機会を頂き、仮設そして恒久住宅の整備、飲食業をはじめとする零細企業への支援等、喫緊の課題が山積している状況の中で、冷静沈着に対応されている市長の姿勢を垣間見て、リーダーシップのあり方について深く考えさせられました。
市役所内は罹災証明の手続き等に来られた被災者の方々で溢れていました。
その横に、ご遺体の身元が確認された方々のお名前が列挙されている紙が何枚も貼り付けられていました。
あまりの数に呆然としながらも、ある母親と娘さんの生年月日がふと目に飛び込んできました。
女の子は2010年生まれでした。
何が起こったのかわからないまま無理やり閉じられた短い生涯。
自分の娘の姿とダブってしまって言葉になりませんでした。
その女の子の命には、必ず意味があったんだ。
赤の他人である私がそんなことを言う資格は無いとわかっているけれど、そう思わざるを得ない自分がいました。
二度とこんな悲劇を起こしたくない。
現職議員ではありませんが、この思いを政策というカタチにしていけるよう力を尽くしてまいります。
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