親への虐待

こんばんは。
こばやし鷹之です。
今朝、小学生たちから、「小林鷹之さん、がんばって~」と声をかけられました。
嬉しかったです。
「勉強、頑張れよ!」と話しかけましたがが、自分にそんな資格はないな・・・と後で反省。
今日は9月1日。
小学生の時、一年で一番忙しかった日かもしれません。
8月31日まで夏休みを目一杯満喫する少年だったので、苦手の絵日記(低学年時)と読書感想文(高学年時)はいつも後回し。
9月1日の始業式の日に、「持ってくるの忘れました」といって、家に帰ってから必死になってこなしていた記憶があります。
だから、絵日記の天気の欄はメチャクチャでしたし、読書感想文もまえがきとあとがきだけ読んで完成させることもありました(苦笑)。
さて、今日の読売新聞に気になる記事がありました。
50代の息子が80歳近い痴呆の母親を虐待して死に至らしめた疑いがあるとの記事でした。
記事によると、死因は全身打撲や内臓破裂による出血性ショック死。ボケ防止のために息子が母親を日常的に平手で殴るなどしていたとのこと。
真相が分からない個別事件に対するコメントは控えますが、介護疲れによって子供が親を虐待する例を最近よく耳にします。
「そんな子供、最低だな」
そう簡単に言い切れない自分がいます。
勿論、親を虐待死させることは絶対に許されることではありませんが、介護の現場を目の当たりにすると、その苦労を知らない自分が軽々に断罪できることではないと思えてしまうんです。
最近、特別養護老人ホームをはじめ、施設をたびたび訪問させていただいております。
痴呆症のご年配の方々の姿を拝見すると、口をポカンと空けて、天井をただ見てらっしゃって、微動だにしない。
こんな方が数多くいらっしゃいます。
食事の風景もお風呂の風景も、何をとっても介助する方々はとても大変そうです。
「精神的にもきつくないですか?」
そんな愚問を問いかける私に、介護士の方は、
「きついです。でも、私たちはお年寄りの方々のことが好きなんです」
と笑って答えてくれました。
こういう施設に入れない在宅介護の方はとても大変だろうなと思うんです。
イライラすることだってあると思うんです。
でもやっぱり、そうは言っても、親を虐待することは正当化できない。
施設内の痴呆症のおじいちゃん、おばあちゃんたちのベッドの壁際には、ご家族との思い出の写真が飾られてました。
楽しそうな写真でした。
痴呆症であろうがなかろうが、子供が親に育てられてきたという事実は否定しようがありません。
親がいなければ子供はこの世に存在しないわけです。
であるとすれば、どんなに介護が苦しくても、産んで育ててくれた恩をしっかり返していくのが義だと思います。
痴呆症の方が普段どういう気持ちでおられるのか、私には分かりません。
ただ、理由がよく分からないまま、自分の子供に死に至るまで殴られ続けることを想像すると、何ともいたたまれない気持ちになってしまいます。
人は誰でも年をとります。
好き好んで痴呆症になる人間だっていません。
誰もが最後まで人生を幸せに過ごす権利がある。
その権利を誰もが享受するためにはどうすれば良いのか。
悩みます。
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