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2011年08月18日

千思万考(スタッフ)

小林鷹之ブログを御覧の皆様、こんにちは。
事務所スタッフのSです。

『光陰矢の如し』とはよく言いますが、月日が経つのは本当に早いものです。
大学時代の講義で聞いた話ですが、大人になってからの1年間というのは、学生時代のそれに比べ格段に早く過ぎ去って行くものらしいです。
もちろん体感での話ですが、確かに学生時代に比べればその通りかもしれないと感じることもあります。理由についてはだいたい察しがつくので深く考えるのは止めました。

3・11の未曾有の大震災以降、ともすれば暗いニュースばかりが目立ってしまう世の中で、先月は逞しい大和撫子達がサッカー女子W杯優勝という金字塔を打ち立ててくれました。

本当に素晴らしいニュースでしたね。
今の疲弊した、傷心した日本を勇気付ける、大きな大きな希望を与えてくれました。
『日本ここに在り!』を世界中に知らしめてくれたことと思います。

勇敢ななでしこ達には本日、国民栄誉賞が送られる予定です。
帰国してからのあまりの環境の変化にどこか戸惑うところもあるかもしれませんが、偉業を成し遂げたことを誇りに堂々と胸を張ってもらいたいと思います。

私事で恐縮ですが、小林に遅れること一日、私も16日靖国神社へ参拝に行ってまいりました。
事務所や仕事としてではなく、一国民としてです。
終戦記念日から一日過ぎた千鳥ヶ淵は、例年の終戦記念日に比べ、静かで穏やかなものでした。

靖国には国の為に殉死された英霊達が祀られているという認識です。同時に、靖国はその英霊達に対し敬意と感謝を表する場であるとも。
その意味でも、靖国は恒久的に未来へと遺していかなくてはならない存在であると改めて感じます。
終戦記念日に関わらず、靖国神社に参拝を行うことは特異なことでは全く無い、そう思っております。

ベクトルは少々違うものの、国旗や国歌についても同じことが言えるのではないでしょうか。

オリンピックや国際大会などでは、国民が日の丸を掲げ、時に懸命に振り、母国を応援する姿がよく放映されています。
前述のなでしこW杯ももちろんそうでした。
表彰式(サッカーでは試合前)などで君が代が流れる時、これほど日本人で良かったと実感できることはありません。

君が代は大人しいとか、他国の国家に比べ暗い、などという意見を聞いたりもします。
しかし私は、穏やかで勤勉で真面目な日本人の国民性に照らし合わせても、これほど威風溢れる『日本らしい』国歌は存在しないのではないかと思います。

以前、小澤征爾フィルハーモニー管弦楽団による君が代の演奏を聴いた時、君が代が日本国歌で良かったと心から感じたのを思い出しました。

君が代の歌詞の口語訳は、『平和を愛し、天皇を象徴として仰ぐ日本の国は、天皇も国民も皆幸福で、礫岩の様に小さな石が寄り集まって大きな岩となり、更にその上に美しい苔が一面に生えるまで、いつまでも栄えますように』という意味です。
正に日本と日本人の恒久的な幸福と繁栄を願った歌です。

(様々な意見や思想があるのは承知の上ですが)国歌もまた恒久的であって欲しいと願います。

大阪府では賛否両論ある中、橋下知事(=維新の会)の主導にて国旗国歌条例が制定されました。

押し付け・押し付けでない、の議論がまた巻き起こるのは必至ですが、誰もが納得できる国歌の在り方が実現すれば素晴らしいことですね。

話はまたスポーツになりますが、夏の高校野球大会では我々の地元である、市立習志野高校の球児達が甲子園で獅子奮迅の活躍をしてくれました。
準決勝が行われる週末には、小林も再び甲子園入りする予定でしたが、残念ながら名門・日大三高に敗れ、ベスト4の夢は来年以降に持ち越しとなりました。

小林も言っておりましたが、決して足の引っ張り合いを望まず、フェアプレーに終始し、溌剌と全力を尽くす高校球児の姿勢には、大人も見習うべきとこが多々あると思います。

習志野高校の球児達もなでしこ同様、誇りを胸に堂々と帰って来て欲しいですね。

よくやった習高!お疲れ様!

2011年08月15日

66年前に思いを馳せて

こんばんは。

小林鷹之です。


今日もとても蒸し暑い一日でしたね。

蝉の音がその暑さに輪をかけます。

今から66年前の今日もそんな暑い一日だったのでしょう。


愛する家族や故郷を守るために散っていかれた英霊の御霊に感謝と哀悼の誠を捧げるため、今年も靖国神社に参拝して参りました。

戦地で戦病死した祖父を含め、山に海に散っていった亡き方々は、今のこの国をどのように見ているのか、そんなことを考えながらの参拝でした。

過去から現在へと続く歴史の中で生かされている以上、英霊の御霊に恥じない国造りに励む覚悟を改めて確認いたしました。

2011年08月8日

米国債の格付け引き下げ

こんにちは。

小林鷹之です。



日々の忙しさにかまけて、更新が久しく滞っておりました。

これからは短いブログでも更新頻度を上げていきたいと思います。



週末は、夏祭り三昧。

老若男女問わず、皆が力を合わせて地域を盛り上げていく行事。

まさに絆を感じますね。

私も、盆踊りや神輿担ぎに参加をさせていただき、地域の方々の思いに触れさせていただいています。


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そして、先日の土曜日は66年前に広島に原子爆弾が投下された日でした。

多くの無辜の命が一瞬に奪われた日。

日本人として決して忘れることができない一日。

ワシントン滞在中に感じた思いを下記に綴っておりますので、お時間のある方はこちらをどうぞ。http://blue.ap.teacup.com/kobahawk/327.html




それにしても、今、世界経済が財政問題を中心に大きく揺れています。

これまでは、ギリシアやポルトガルという中規模の国の財政危機に焦点が当たっておりました。私自身は、目下、金利が上昇中のスペイン、イタリアを含め、これら南欧諸国の債務問題は世界的な金融危機のトリガーとなりうる問題である旨、年初頃から色々な場で訴えさせて頂きましたが、そうは言っても対岸の火事と受け止められる事が多かったように思います。



しかし、今回、米国の債務残高の上限引き上げが、来秋の大統領選挙を見据えた政争の具となった結果、各国の財政事情が通貨の信認や国際金融システムに対して与える影響を真剣に捉えざるを得ない状況となりました。

共和党と民主党とのチキンレースは米国債のデフォルトという壁をギリギリのところで回避する結果となりましたが、息つく暇なく生じた米格付け会社S&P(スタンダード・アンド・プアーズ)による米国債の格付けの引き下げ。



今朝、G7の財務大臣と中央銀行総裁が電話会談を開催し、共同声明 を公表しました。具体策が乏しいとの批判もなされておりますが、アジアのマーケットが今朝開くまでの限られた時間の中で、取り急ぎのメッセージを主要先進国が一斉に発したこと自体は評価すべきだと思います。フランス・ドイツ両首脳の声明やECB(欧州中央銀行)によるスペインとイタリアの国債購入の示唆も妥当だと考えます。



問題はこの後です。

東京株式市場では日経平均株価が急落しましたが、この後、ニューヨークのマーケットがどのように展開するのかを見極める必要があります。リーマンショックの際もそうでしたが、東京はニューヨークの動きに追随する傾向があります。



そして、今後、ニューヨークやロンドンで株式市場が乱れれば、米国を含めた諸国の更なる財政不安を招き、各国の国債価格が下落(国債金利は上昇)する可能性があります。

そうなると、米国債等を多く抱えた金融機関の損失が膨らみ、金融収縮(貸出減少)を通じて景気の更なる低迷が生じます。また、金融関連株式の価格が下落すれば、個人消費が減退し、又、金融機関の健全性に疑念が生じ、金融システムへの不安が生じるでしょう。



今回は、迅速な合意形成が比較的容易なG7による共同声明でしたが、財政問題が世界経済全体に大きな影響をもたらす可能性がある以上、今後は、中国などの新興市場国をも含めたG20としてのメッセージを早期に発信できるように合意形成を急ぐ必要があると考えます。




今回のS&Pによる米国債の格下げ(今後、更なる格下げが示唆されていますが…)は、これまで最も安全であるとされてきた米国債ですら、今後はどうなるかわからないと評価されたことを意味します。いわんや、日本をや。




この教訓から日本は何を学べるのか。

その答えは明らかなはずです。

目に見えやすい危機の解決も大切ですが、未然に危機を予防することも政治に課された重要な責務です。

短期的に聞こえの良いことだけを都合よく口にする政治との訣別が求められています。















2011年07月18日

「伝える力」 ~国政挑戦を決断してから1年が経過して~

なでしこJAPAN。

やりましたね!

未明から、何度も鳥肌が立った試合でした。

アメリカ先制弾。なでしこ同点弾。

アメリカ追加弾。なでしこ再同点弾。

粘って粘ってのPK選。

相手のクリアミスを拾って押し込んだ宮間選手のゴールも、

延長後半戦に角度のない地点から流し込んだ澤選手のゴールも、

PK選の相手の一発目で、空中に残した右足でボールを跳ね返した海堀選手のファインセーブも、

それこそ粘りの気持ちというか、勝利への強烈な執念が表れていましたね。


絶対に諦めない。頑張ればできるんだ。


改めてそう思わせてくれる、日本列島に大きな感動と夢を与えてくれた素晴らしい勝利でした。

私たち日本人一人ひとりも、そんな気持ちをもって、震災からの復旧・復興へ取り組み続けていきたいですね。


さて、その震災から4か月以上が経過しました。

現地では復旧作業が懸命に進められています。

しかし、まだ3分の1しか進んでいない瓦礫の撤去を含め、復旧・復興のためにやらねばならない作業は山積み状態です。また、福島第一原発の事故処理は依然として継続しています。

このような中で、一貫性を欠く政府の対応、特に総理にあるまじき軽軽な発言、右顧左眄(うこさべん)する姿勢は国民に希望を与えるどころか、絶望に拍車をかけています。


「信無くば立たず」


論語にある有名な一説です。

まさに今、この国が危機に瀕しているのは、このような政治への不信が募っているからに他なりません。

その不信が募る原因は様々でしょうが、私が特に気になるのは、今の我が国の政治には「伝える力」が欠けているという点です。

これは菅総理の言動を見れば一目瞭然です。


昨夏の総理就任直後に、消費税増税に関する熟慮無き発言と即時撤回により、参院選で民主党が敗北を喫しました。これは、「増税」そのものに対する嫌悪感というよりも、「増税」という極めて重いテーマには到底相応しくない発言の軽々しさに対する嫌悪感の発露であったと思います。


つまり、

何故、消費税増税が必要なのか。何故、今なのか。増税のメリット・デメリットは何か。メリットを実現する(デメリットを回避する)代替手段は存在しないのか。何故、メリットがデメリットを上回ると考えられるのか。増税の具体的な方法やスケジュールは何か等々。

こういった点について、一つひとつ熟議を重ね、その結論を丁寧に伝える努力を怠ったことに私たち国民が怒りを覚えたのだと思います。


あれからまだ一年しか経っておりません。

「喉元過ぎれば熱さ忘れる」

とはよく言ったものです。

この度の原発事故を巡る一連の過程においても、

浜岡原発の突然の停止要請、

玄海原発再稼働を要請した直後における突然のストレステスト実施表明、

そして先日の仰々しい総理記者会見直後に「脱原発依存は個人の考え」と急遽釈明に転じる姿。


原発政策を今後どのように舵取りしていくのかという点は、単なるエネルギー政策や経済政策という枠を超えて、国家戦略全体に関わってくる重要な問題です。それは、資源エネルギー問題が先の大戦へと突っ込んでいく一因となったとされる背景や、二度にわたる石油ショックの経験を踏まえれば明らかなことです。今回の原発事故を受けて、エネルギー供給の「安定性」と「安全性」をいかに高い地点で妥結させるのか、政治に大きな責務が課されている中で、総理には、「脱原発」の是非について、その大きな方針と具体的な政策と理由を私たち国民に向けてしっかりと説明し、かつ、説得する責任があると思います。

説明責任を放棄したり、一貫性を欠く発言を繰り返したりするのであれば、思いを伝えることなど不可能です。そんな政治家が総理の座に居座る資格は無いと私は考えます。


この「伝える力」という意味において、私は米国のリーダー達の方が断然優れていると感じてきました。

911、イラク戦争開戦、リーマン・ショックといった大事件が生じた際は勿論のこと、内政・外政について政府が重大な決断を下す場面では、必ずと言っていいほど大統領本人によって国民への語りかけが行われます。

夜8時頃に殆どのキー局のテレビ画面がホワイトハウスに切り替わり、大統領が登場します。

「今は苦しい時期だ。だからこそ、我々米国人の総力を結集し、必ず道を切り拓こう。そのためにも政府は、○○の方向性で、△△、□□といった政策を着実に遂行していく。」

進むべき方向性と具体的な政策を示し、それを実現する覚悟と協力を、自信を持って国民に訴えかけます。米国のメディアは厳しいですから批判も多々ありますが、大統領が国民に語りかける言葉には自信と説得力があって、多くの国民が一定の安心感を得るのに寄与していると私は感じてきました。


今、我が国では、政治全体が批判の嵐に晒されています。

それは、政治にもっとしっかりして欲しいという気持ちの裏返しだと私は捉えています。

先行きが不透明な中で、日々の暮らしや子供たちの将来、そして地域や国の行く末に対して、多くの方々が不安を抱えている。

だから、リーダーである総理には、その悲痛な思いを感じ取って頂き、揺るぎなきビジョンと覚悟を、自信を持って説明してもらいたい。そして、それに心から納得したい。これが多くの方々に共通する思いだと思います。


批判に晒されている時に、聞こえの良い事だけを、整合性も持続可能性も無いのに選挙目的で並べ立ててきたのが従来の政治。でも逆だと思いませんか?批判に晒されているからこそ、短期的に耳障りであっても、中長期的に正しいことを正面から論じていく、そんな政治を実現したいという思いが私にはあります。

さもなくば、この国は崩壊のスパイラルから抜け出せなくなる。

主権と独立を放棄するかのような、戦略と自己主張を欠いた場当たり的な外交政策。人口減少が現実となり、経済全体のパイが縮小しているにもかかわらず、パイの切り分け方、所得の再配分でしかないバラマキに固執する時代錯誤の経済政策。亡国に導くような迎合政治とは決別し、この国の未来を皆様と力を合わせて切り拓く姿勢を示すことを通じて、信頼できる政治を必ず取り戻したいです。


最後に、私ごとで恐れ入りますが、昨夏、自民党の支部長に就任してから一年が経過しました。皆様のご指導・ご支援のお蔭で、多くの勉強をさせて頂きました。まだまだ発展途上ではございますが、自らの思いを一人でも多くの方の心に伝えられるようにこれからも精進してまいります。



(以上の文面は小林鷹之のメールマガジンにおいても掲載されております)

2011年07月17日

『苦しい、疲れた、もうやめた…( スタッフ) 』

小林鷹之ブログを御覧の皆様、こんばんは。
事務所スタッフのSです。
梅雨も明け、首都圏でも各地で猛暑日を記録しています。
日中などは本当に強烈な陽射しですね。再三ではございますが、熱中症等には十分ご留意ください。
先日、深夜の首都高速で『エールフランス』というフランスの民間航空機が、羽田の国際線ターミナルから飛び立って行くのが見えました。
羽田空港の24時間国際線化に伴うものですが、一昔前では国内・国際線に関係無く、夜中に航空機が離陸することなど考えられなかったことを思えば、世界のグローバル化社会の中枢を担う「先進国日本」として、大きな歩みであると感じました。(もちろん騒音問題等、諸々の問題はありますが。)
ちなみに羽田空港国際線ターミナルの展望デッキ(http://www.haneda-airport.jp/inter/premises/service/others.html#deck)は、365日24時間開放されています。国内線の倍ほどある広さと、ランウェイライトや夜の臨海部が一望できる場所です。航空機が好きな方もそうでない方も、是非一度行かれみては如何でしょうか?
さて、そんな私の大好きな羽田空港には、国内外の民間航空会社だけでなく、東京消防庁や海上保安庁の水難救助専門の特殊部隊が存在します。
東消は『水難救助隊』、海保では通称『特殊救難隊』と呼ばれています。
この海保の『特殊救難隊』(正式名:第三管区海上保安本部羽田特殊救難基地)とは、海保に所属する数多の潜水士の中の頂点とも言える、1~6隊からなる36人の超精鋭部隊のことです。
映画『海猿』などのモチーフとなったことでも話題になりましたね。
その特殊救難隊が設置されている、第三管区海上保安本部羽田特殊救難基地には、こんな言葉が言い伝えられています。
『苦しい、疲れた、もうやめた。では人の命は救えない」
初代特殊救難隊長の言葉(※諸説あります)とされており、特殊救難隊の中では戒めとされている言葉だそうです。
なんと重く厳しい言葉でしょうか。
人命救助という尊い使命を課された若い隊員はこの言葉と出会った時、いったい何を思い、どんなを覚悟をするのでしょう。
華やかで凛々しくもあるイメージとは裏腹に、過酷を極める現実を如実に表現している言葉だと思います。
前述の映画の作中では、
『最前線に楽しいことなんか1つも無いぞ』
と言う言葉が出てきました。
こちらはフィクションですが、並の感覚であれば絶望を禁じ得ないほどの言葉だと思います。
『自分は頑張った』とか『自分は良くやった』と、時に自分を褒めたくなる時があったりしますが、この言葉を思い出す度、ある種のおこがましさや恥ずかしさを感じてしまいます。
人命救助の最前線の過酷さをとくと思い知らされます。
私の中学の同級生には父親が海上保安庁に勤務している友人が5人います。
性格は多様ですが、全員口を揃えて父親の仕事には誇りを持っていると答えます。
うち一人は父親と同じ道を進みました。果たして彼は海猿へと進化を遂げるのでしょうか。
厳寒極める雪の日も、容赦無く日光の降り注ぐ猛暑の日も、自らに厳しい試練を課し、人命救助という何事にも代え難い任務を全うする隊員の方々に、改めて心からの敬意を表したいと思います。

2011年07月6日

あなたは信じられますか。(スタッフ)

みなさん、こんにちは。

小林鷹之事務所のスタッフAです。

暑い日が続きますが、みなさま熱中症対策は大丈夫でしょうか。

こまめに水分補給をして、「節電の夏」、みんなでどうにか乗り切りましょう。


それにしても菅内閣の迷走振りはいよいよ深刻なものとなって。

まずは復興のリーダーとなるべき復興担当大臣の就任9日目でのスピード辞任。

出身や血液型を理由に挙げて釈明をなさっていたけれども

やはり、あの方、問題の本質を分かっていなかったと思います。

「復興」は押し付けでは成就しない。

あの、「やってやっている」感は被災者のみならず

国民全体に違和感を与えたはずです。

被災地に今必要とされていることは何か、真摯に謙虚に耳を傾ける姿勢が

あればあのような言動にはなっていなかったのだと思います。

繰り返された「被災者への寄り添い」の言葉が空虚に聞こえたのは私だけではないでしょう。


怖いのは、この政治の迷走に対する「違和感」が、

政治に対する「不信感」として日ごとに膨らんでいること。


いみじくも本日、原発の安全性確認のために新たに打ち出されたストレステスト。

安全性をより確実なものとするためにテストを実施すること自体は歓迎すべきことですが、原発の再稼働を巡って二転三転する国の対応に翻弄された形となった佐賀県知事は、「誰を信じていいか分からない」とNHKの番組で繰り返し述べておられました。


節電、復興財源のための増税等、これから国民の負担は増え続けていくでしょう。

その中でも、「国民として、頑張ろう、協力しよう」そう思えるのは

「私たちの政府はきちんとやってくれている」という信用・信頼が根幹にあるはずです。

混迷する菅政権。

あなたは信じられますか。


2011年06月30日

臓器売買事件について(スタッフ)

みなさん、こんにちは。

小林鷹之事務所のスタッフAです。

それにしても暑いですね。

夏ってこんなに暑かったかしらと思ってしまう位に。

昨日は今年初物のスイカをスーパーで買ってみました。

千葉県産のスイカ。十分に甘くて美味しかったですよ!


さて、本日書きたいのは「臓器売買事件」のこと。

はっきり言って怒っています。なんでこんなことが起きるのかと。

みなさまご承知のとおり、腎臓病を患っていた医師が、暴力団組員を仲介として偽の養子縁組を結び、原則親族間にしか認められない生体腎移植を受けようとしたという臓器移植法違反のこの事件。

まだ容疑の段階ですので詳細は捜査・裁判結果を待つ必要がありますが、

仮に報道されていることが事実であるとすれば、許しがたい問題です。


そもそも何故、医療倫理について高度の知識があるべき医者が今回の犯罪に及んだのか。

我が国において、腎移植の実績が少なく、容疑者は長い間人工透析に苦しんでいたという事情はあるのでしょう。それでも、人の臓器をお金で買って生き永らえることが許されるのか。究極のエゴであると非難されても仕方ありません。


さらに看過出来ないのは、仲介役として暴力団が関与している点。

生体移植が「臓器ビジネス」につながる危険性を浮き彫りにしたといえます。

「臓器ビジネス」。

聞き慣れない言葉ですが、移植を待ちわびる買主と貧困に喘ぐ売主の両者の弱みに付け込み、高い仲介料を要求した上で臓器の生体移植を斡旋するビジネスであり、人身売買等の温床になっているとして途上国では以前から問題視されてきました。

つい最近でも中国で17歳の少年がi pad欲しさに自身の腎臓を売って現金を得ていたとの報道があったところです。

その報道を見て背筋の凍る思いがしましたが、暴力団関与による「臓器ビジネス」が蔓延すれば、ヨソの国の話では終わらなくなるかもしれません。


生体移植を真摯に実施しようとしている医療関係者の努力を水泡に帰すことと

ならぬよう、そして暴力団が臓器ビジネスで濡れ手に粟ということにならぬよう、養子縁組や配偶者との間での生体移植については縁組後の長さ等を条件化する等、早急な再発防止策が望まれます。

こんなこと、二度とあってはいけません。

2011年06月23日

沖縄慰霊の日( スタッフ)

小林鷹之ブログを御覧の皆様、こんばんは。
事務所スタッフのSです。


昨日は都心では今年初の真夏日を記録したそうです。
真夏の暑さというものを俄然思い知らされました、皆様も熱中症等には十分ご留意ください。


さて、ご存知の方もいるかもしれませんが、本日は『沖縄慰霊の日』です。
66年前の今日、沖縄戦が「事実上」終結しました。


沖縄防衛第三十二軍司令官・牛島満中将と同参謀長の長勇中将が、南部・糸満にある摩文仁の丘で自決した日(昭和20年6月23日)を、日本軍の組織的戦闘が終了した日と捉え、『沖縄慰霊の日』と定めたのです。
飽くまで「組織的戦闘の終了」という位置付けであり、6月23日以降も一般人を巻き込んだ戦闘自体は続いていました。
「事実上」終結というのは、それ故です。


この日の沖縄では、毎年糸満市摩文仁の平和記念公園において、総理や知事が臨席の上「沖縄全戦没者追悼式」が開かれます。
菅総理も日帰りで出席されるそうです。
正午には南部全域にサイレンが鳴り、黙祷が行われます。
役所や学校は基本的に休みです。
各家庭でも起立黙祷、高校野球もプレーを中断して選手・審判・観客全員で起立黙祷します。街頭音楽なども一時停止します。


沖縄県民にとっては特別であり、大事な日です。


私は母方が沖縄の生まれです。
私自身育ちは東京ですが、出生は沖縄の豊見城にある大叔父の病院です。那覇市内には今年とぅしびー(干支ごとの生年祝い・85歳)を迎えた祖父母と親戚がたくさんいます。
祖父方の両親、つまりは曾祖父・曾祖母は、先の沖縄戦で亡くなりました。
一昨年、恥ずかしながら24歳にして初めて平和記念公園の平和の礎にて曾祖父母の石碑を参った時には、図らずも涙が止まりませんでした。
自分は「生かされている」ということを痛感しました。


沖縄には数十回行っているにも関わらず、この日には毎年東京にいる曾孫をどう見ているでしょうか。
東京からしっかり祈りたいと思っています。


沖縄戦における20万人超の戦死者のうち、約半数に近い9万4000人の戦死者が、軍人以外の一般県民や子供達でありました。
先の大戦においては今日まで様々の議論がされています。数多の見解や認識があると思いますが、うちなーの血を引く人間としては、この日を迎える度に悲惨な沖縄戦を二度と繰り返してはならないという思いに駆られます。
現在、これだけ平和な(有事ではないという意味です)時代に生きているからこそ、沖縄戦や激動の時代を生きてきた人達の遺志を、忘れてはならないと思います。
先人達が命を懸けて護り、遺してきたこの国は、今度は我々が後世へと遺す番です。


家族を護る為に、国を護る為に逝った英霊達に、今日は静かに祈りを捧げたいと思います。

2011年06月22日

ミッキー・カンター元USTRとの再会

こんばんは。

小林鷹之です。


今日は夏至でしたね。

朝7時くらいには結構日差しが強くなっていて、演説していたら汗がタラタラと垂れてきました。

でも、日が長いのは何だかお得感があって僕は好きです。


今日は所用のため日中は東京にいました。

その中で、私のメンター的存在でもあるミッキー・カンターさんと久しぶりにお会いしました。

ミッキーはクリントン政権時代、1993年から1997年までUSTR(米国通商代表)を務め、1996年から1997年までは商務長官も兼務した政治家です。

日本とも熾烈な通商交渉を行った人物なので、記憶されている方も多いと思います。


色々と意見交換をさせてもらった上で、先輩政治家としてのアドバイスをいただきました。


「ホーク(注:私のこと)。政治家に大切なのは、運とタイミングだ。

そして、それに勝るとも劣らず大切なことは、些末なことに囚われることなく、成し遂げると決めた大事に向けて全力で突き進むこと。

たとえ、徒手空拳であっても、情熱は風を生む。」


最後に、


「お前なら必ずやり遂げられる。

でも必要あれば地元に応援に行くよ。

市場開放論者である自分が行くとマイナスになるかもしれないけどね。」


とユーモア溢れる激励もいただきました。

久しぶりの再会に元気をもらいました。



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2011年06月19日

世界と戦うU-22日本代表を見て

こんばんは。

小林鷹之です。


ロンドン五輪予選。

サッカーのU-22日本代表、すごいですね!

「平成世代」が世界を相手に堂々と戦う姿を見ていると、とても心強く感じます。


思えば、私の少年時代は、ジャパン・アズ・ナンバーワンとか世界第二の経済大国とは言われていましたが、スポーツで世界と戦える国というイメージは持てませんでした。

確かに、柔道やマラソンはお家芸という感覚はありましたが、野球を含むその他のスポーツでは、「世界って遠いなあ」と無意識に感じていた気がします。

サッカーで世界と戦うと言えば、漫画『キャプテン翼』の中での話であって、リアリティは乏しかった。


でも、今は違いますね。

長友選手、本田選手、長谷部選手、内田選手等々。

数え出せば切りがないほど、多くの選手が世界レベルで戦っています。


「僕も頑張って、いつか世界で戦うんだ!」


少年少女たちにとって、そう本気で思わせてくれるモデルが実在することは、本当に素晴らしいことだと思います。

特に、長友選手のような平均的体格の日本人が、世界トップクラスのクラブチーム、インテルで大活躍する姿を見て、10年後、20年後に、どれだけ多くの子供たちが世界に羽ばたくのか、今から楽しみですよね。


人間は、

自分がイメージできることのすべてをできるわけではないけれど、

少なくとも、

自分がイメージできないことはできません。


だからこそ、

未来を担う子供たちの可能性を広げるためにも、

大人たちが良いモデルとなってイメージを与えられるよう頑張る必要があるんだと思います。


スポーツ選手として、

学者として

サラリーマンとして

あるいは、

親として。


それでは、今週も頑張っていきましょう!



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本日訪れた地元中学校体育館にて。

2011年06月15日

「全国ひまわりキャンペーン」やってます!(スタッフ)

みなさん、こんにちは。小林鷹之事務所のスタッフAです。


何だか蒸し暑いお天気が続いていますが、暑さも湿気も吹っ飛ばすほど明るく元気に頑張りたいものです!


さて、本日は、我が自由民主党で行っている絆プロジェクト「全国ひまわりキャンペーン」のご案内です!


これは、東日本大震災からの復興を目指し、全国に復興のシンボルとしてひまわりの花を咲かせ、日本全体を明るくしよう!というキャンペーンです。


ひまわりは漢字で書くと「向日葵」。

太陽に向かってすくすくと育っていく姿が目に浮かぶような素敵な和名ですよね。


一説によると、このひまわり、放射性物質を吸収するとされ、汚染された土壌の改良も期待されているようです。

この説の真偽については未だ研究中のようですし、実際に放射性物質を吸収したとして甲濃度の放射性物質を蓄積したひまわりをどのように処分するか等、課題もあるようなので、ここでその効能を過大に宣伝するつもりはありません。


それでも。

何だか、元気の出てくるキャンペーンだと思いませんか?

日本全国で、東日本、そして日本全体の復興を願い、一つ一つの種が蒔かれていく。

その種が、芽を出し、花開き、太陽に向かってぐんぐん伸びていく。


しかも、この種。

趣旨に賛同くださった千葉県香取市の農園の方からご提供を頂いたものだそうです。

千葉県から全国に元気を発信できるというのも嬉しいものです。


みなさまも、お庭に、学校に、職場にひまわりの種、蒔いてみませんか?


当事務所においてもひまわりの種をお配りしております。

数に限りがありますのでご希望の方はお早目にご連絡ください!


みんなで希望の種を蒔きましょう。

お待ちしています。

2011年06月12日

自然エネルギー推進庁は不要

こんばんは。

小林鷹之です。



最近は湿度が高いですね。

ネクタイとスーツを着て動いているとすぐに汗だくに

「スーパー」とまではいかなくとも、普通のクールビズに転向しようかなと考える今日この頃です。



さて、先ほど、菅総理が「自然エネルギー推進庁」構想に言及したとの報道がありました。詳細は不明ですが、この手の発想には正直辟易としています。



自然エネルギーの問題に限らず、何か問題が生じる度に、新たな「器(=組織)」を設けることを解決策として挙げることはあまりにも短絡的です。

過去に何度失敗してきたことか。

震災後にも似たような会議や委員会が乱立し、混乱し、結局機能しなかったのは記憶に新しいところです。



もしかすると、先般衆議院本会議で自民、公明、民主による賛成多数で可決された復興基本法案の修正案において、「復興庁」の創立が盛り込まれたので、新たな組織をもう一つ作ってみよう、と考えたのかもしれません。

でも、復興庁は、縦割りの弊害を克服する観点から、複数にまたがる組織に横串を入れ、かつ、 企画・調整のみならず実施の権限まで付与する点で、新たな機能が期待されます。


しかし、今回の場合、自然エネルギーを推進する発想には賛成しますが、そのために、仰々しい組織を新たに設ける意義がどれだけあるのでしょうか。



新たな課題に直面した際に、まずなさなければならないことは、既存の組織や人を効果的に動かすことです。

権限や目的が曖昧なまま、盲目的に組織論に飛びつき、新たな器を安易に設けるとすれば、結果として、屋上屋を架すことになるケースが多々生じるであろうことは想像に難くないし、何より、現場で働く公務員が混乱するんです。



官僚組織には、既存の組織を守ろうとする本能がありますから、新たな器を設けることに抵抗する傾向があるのは事実です。

本当に改革の必要がある場合は、政治が決断しなければなりませんが、 今回の場合は、リーダーのビジョンや決断力の欠如が原因であり、それをはき違えて、組織の問題として片づけようとするのは安易に過ぎると思います。



(追記)『小林鷹之からの手紙』 Vol.2をアップしました。ココをクリック!

2011年06月11日

エネルギー戦略の転換期② ~再生可能エネルギーの導入のために~

(前回からの続き)



まず、発電と送電の分離について。

戦後、国策上の観点から、地域ごとの電力会社が独占的な電力供給を行ってきました。最近でこそ規制緩和の流れで「電力の自由化」が叫ばれ、大口需要者向けやマンション向けの電力供給については新規参入が認められるようになっています。しかし、ここには大きな問題がある。

発電事業に新規参入しても、結局は既存の電力会社が保有する送電網を借用せざるを得ない現実です。借用コストを負担してもなおビジネスを展開できる企業は限られています。これが再生可能エネルギーの導入が進まない背景でもあります。

次に、総括原価方式。

簡単に言えば、電力会社は、発電所や送電設備の設置、維持管理コスト、燃料費などの「原価」に対して一定の比率をかけた額を「利益」として上乗せして電気料金に反映する仕組みとなっています。つまり絶対に赤字になりません。問題は、原価が大きくなればなるほど利益が大きくなる(=電気料金は高くなる)という構造です。ここにはエンドユーザーである消費者の利益を考慮する余地はありません。このままでは、再生可能エネルギー導入を阻んでいる高コストの壁を乗り越えるインセンティブが働きません。


発電と送電の独占体制にしても、総括原価方式にしても、何故このような制度疲労を起こしているシステムが今もなお残存しているのか。

その大きな原因の一つが、いわゆる「天下り」です。

監督官庁である経済産業省OBが電力会社の重役として天下っています。昔の上司に対して、なかなか強いことは言えない。だから、監督する側とされる側とがなあなあの関係になる。

私は、「天下り」を頭ごなしに批判しているわけではありません。豊かな経験と知識を備えた有為な人材であれば、出身母体如何にかかわらず、社会のために最大限貢献して頂きたい。しかし、昔の上司が監督対象である電力会社の幹部になったから言うべきことを言えない、というのでは国民を愚弄するにも程がある。


だからこそ、こういう体制に政治がメスを入れなければなりません。

既得権益に迎合する政治屋は要りません。

既得権益と対峙し、国民のためにメスを入れるのが政治家に課された責務です。


私は、この責務を果たすことを通じ、日本が誇る「技術力」を存分に発揮できる環境を作りたい。すなわち、電力業界にも新規参入を認め、工夫と創造により「技術力」を高め、安価かつ安定的な電力を供給できる企業を応援する。「独占」による怠惰ではなく、「競争」による向上心を導き出すことによって、この国の未来へのブレークスルーへと繋げていく。

それが私の願いです。







2011年06月10日

エネルギー戦略の転換期① ~再生可能エネルギーの導入のために~


(以下は、先般発行したメールマガジンに記載された文章です)


徐々に蒸し暑くなってきましたね。

梅雨が明けると、本格的な夏到来。節電の夏。

私自身も、小さな娘の体調を崩さぬような工夫を今から考え始めています。


今回の原発を巡る一連の出来事を通じ、我が国のエネルギー政策のあり方を真剣に見つめ直す時期が来ています。

原発を「積極的に」推進していく従来のスタンスを改めることは必然の理でしょう。

確かに、石炭や石油のほぼ100%を輸入に頼るこの国が、これらの化石燃料に依存しなくて済む体制を構築すべく、原子力の平和利用に着手したことは、エネルギー安全保障の観点からは正しい選択だったと思います。しかし、今回の事故による甚大な被害に鑑みれば、二度と同じ悲劇を繰り返してはならない。その覚悟をもって、災害に強く、かつ、経済成長や環境とも親和性のある新たな体制を構築していかねばなりません。


今後のエネルギー戦略の方向性について、私自身は、


・当面は原子力に依存し続けざるを得ない。

・しかし、再生可能エネルギーの導入と省エネの技術開発を促進していくことを通じ、中長期的に原子力や化石燃料への依存度を逓減していく。


とのスタンスに立っております。

つまり、原子炉については、新規立地は行うべきではないが、既存のものについては安全性を確認した上で運転を継続すべきとの立場です。現在運転中の原子炉を即刻停止すべきとの声も一部にありますが、その心情は理解できるにしても、計画停電や電気料金の上昇が日本経済へ与える影響を考えれば現実的な選択肢ではありません。


その上で、今回は、再生可能エネルギーの導入について思うところを述べたいと思います。

ご存知の通り、再生可能エネルギーとは、水力、太陽光、地熱、潮汐、風力、バイオマスといったエネルギーです。石油や天然ガス、或いは原子力発電に用いられるウランなどの枯渇性エネルギーと対置される概念です。


先般、菅総理が、再生可能エネルギーの比率を2020年代の早い時期に20%に引き上げるとの目標を国際社会に向けて打ち出しました。政権運営能力に大きな疑問符が投げかけられている中での中長期的な発言は残念ながら重みを持たず、パフォーマンスの色彩を強く感じますが、その方向性や意欲については否定すべきではありません。

世界には、サハラ砂漠の太陽光、アルプスの水力、大西洋の洋上風力等を利用した電力を、とてつもなく広範囲に渡る送電網で繋ぐことを検討している欧州スーパーグリッド計画のようなものも存在します。


ただ、我が国において、再生可能エネルギーの比率を増やしていくためには、まずは既存の電力の供給体制にメスを入れる必要があります。

端的に申し上げれば、発電と送電とを分離すること、そして、総括原価方式を見直すことです。

(次に続く)

2011年06月8日

プロフェッショナル考​。(スタッフ)

小林鷹之ブログを御覧の皆様、こんばんは。
事務所スタッフのSです。


今日は菅内閣が発足して、ちょうど一年だそうですね。
あまり在任期間にも興味が向かない為、報道で知りました。


昨晩はサッカーの日本代表戦を観戦された方も多かったのではないでしょうか。
結果は残念ながら引き分けに終わりましたが、W杯以来の熱戦を見せてくれましたね。


プロフェッショナルという職業は、ハイレベルなプレーはもちろん、周りの人間へと夢を与える仕事だとつくづく思います。


私は小学校の頃は野球とマラソン、中高大では陸上競技をやっていました。
スポーツはプレーも観戦も大好きです。何でもしますし、何でも観ます。
ちなみにスポーツにおいては、綺麗事より愚直に泥臭い方が好きです。


野球界のスーパースター、ミスターこと長嶋茂雄と、世界のホームラン王・王貞治の二人。


長嶋茂雄という野球選手は、常に見せる野球を貫いた選手だと思います。
自分が期待されていることにいかに応えるか、いかに見せる(魅せる)か、観客を喜ばすことを大事にしていた選手であったと思います。
王さんは現役時代、子供からのサインを断ったことが無かったそうです。
王少年が小学校5年時に後楽園球場でのプロ野球観戦にて、他の選手が誰もサインをしてくれない中、故・与那嶺要選手にサインを貰ったことが、子供にサインを断らないという王さんの方針に大きく影響している様です。


二人ともプレーはもちろんのこと、後世へと大きな夢を与えた、本当のプロフェッショナルであったのではないかと思っています。
私が生まれる前に既に引退されていた二人。
阪神ファンな私でも、ON時代をリアルタイムで見てみたかった、と淡い願望を抱いたりします。


よくスポーツ選手などのインタビューで、『自分(達)のプレーをすれば、結果は付いて来る』とのコメントを耳にしますが、私はこの言葉はあまり好きではありません。
一競技者だった人間として、大舞台で自分のプレーをすることは、大変難しいことであり重要なことだと思います。
しかしプロフェッショナルであろうとアマチュアであろうと、スポーツは対戦相手がいる以上、常に競争です。
容赦の無い下剋上の世界で、自分の実力以上の選手と戦うとしたら、この言葉は既に負けを認めてしまったかの様に感じるのです。
勝敗では無く、自分のプレーに拘った結果を受け入れられるのであれば良いですが、そうでないなら自分のプレーだけで得られるものは、限られてくると思います。
実力以上は出ないからと割り切るのではなく、いかに貪欲に自分の限界を突破できるか、本気のスポーツってそういうものじゃないかなと、おこがましながら思いました。


サッカーの長友選手(現インテル)は、世界一のサイドバックを目指すと公言しています。
彼のプレーにはその夢を現実にしようという気迫と強い意思を感じます。決して恵まれているとは言えない体格で、世界の大舞台で活躍する姿は観ている人間にも多くの夢を与えていますね。


日本の首席宰相も、世界一のサイドバックならぬ、世界一のサンドバックにならない様に願いたいものです。


~Nagatomo did rise to stardom.
 He’s cried so many times, no one realised.That’s why,Now he gets to this place.~

2011年06月7日

「子ども手当」の代わりに(スタッフ)


こんばんは。小林鷹之事務所のスタッフAです。

梅雨の足音を確実に感じる今日この頃。

鬱陶しい雨模様でも楽しく過ごせるように、素敵な傘やレインブーツを用意したいものです。


永田町では首相の退陣時期を巡って、それこそ鬱陶しい議論が続いていますね。

一国を導く総理大臣の発言がここまで軽薄とは。

「引き際の美学」を見せて欲しいものです。


閑話休題。

梅雨といえば体調を崩される方も多いと存じますが、乳幼児もまた然り。

私事ながら我が家の子供も先日、梅雨入り頃から流行するというアデノウイルス感染症に掛かってしまいました。

高熱が数日続いた後、熱は下がったものの、目やにや鼻水の症状が続き、結局、医師より保育園の登園許可を頂くまでに要すること1週間。


たかが一週間。されど一週間。

働く者にとって、それほど長期のお休みを頂くことはなかなか難しいものです。

我が家の場合は、祖父母に応援を頼めたことと、仕事に融通が利くことから何とか乗り切りましたが、今後、水疱瘡、おたふくかぜ、インフルエンザ等、待ち受ける数々の感染症を思うと「大丈夫だろうか」と不安を感じたというのが率直なところです。


そんな中、あったらいいなあと強く感じたのが「病児・病後児保育」。

子どもが病気になった際、熱は引いて回復時にはあるけれど保育園には預けられないときに、代わりに預かってもらえる保育施設。


新聞記事によると、厚生労働省がこのような病児・病後児保育施設への補助を1996年に初めて以降、同様の施設は次第に増えて2009年度は1250ヶ所とのこと。

それでも、約23000ヶ所ある保育所に比べるとそのような施設はわずか5%。

到底十分とはいえません。


ここ八千代市にも1ヶ所預かり施設があるようですが、正直、物理的にも心理的にもまだまだ敷居は高いものです。

さらには、このような病児・病後児保育施設。

子どもが何時、どのような病気に掛かるかは予測困難であり、利用者数や疾患は、当日にならないと確定しない一方で、保育士や看護師は常駐の必要があり、採算が取れていないとのこと。

経営面での課題も多いようです。


そんな中、最近では、民間NPOが始めた「訪問型」の病児・病後児保育サービスにも注目が集まっているようです。


働くママ、パパは、(特に乳幼児の子どもに対しては)何かしらの「うしろめたさ」を感じて仕事に向かっていることが大半ではないでしょうか。

病児となれば、なお一層のこと。

そんな心の負担を少しでも軽減してくれるサービス。


民間の知恵も活用し、経営面で改善を図った上で、サービスを拡充・多様化し、病気になったときでも安心して預けられる施設。

作って欲しいと切に願う次第です。


「子ども手当」ではないのです。必要なのは。

2011年06月2日

内閣不信任決議案について

こんばんは。

小林鷹之です。


今日は、内閣不信任決議案を巡り、目まぐるしい動きがありました。

経緯と結果は、みなさまご存知の通りです。

民主党内の茶番劇というのが一般的な見方。

その通りだとは思います。

しかし、もっと重要なのは、観客不在、国民不在の茶番劇であったこと。

今回の一連の流れによって、政治に対する国民の不信は更なる高まりを見せました。国際社会による日本への信頼も更に損なわれたでしょう。


何のための政治なのか。


政治を志している身として、理解できないことが多過ぎる。


いずれにしても、一つの区切りがつきました。

菅内閣を退陣に追い込むためというよりも、震災の復旧・復興に「一定のメド」をつけるためにも、二次補正予算について、その財源の捻出方法も含めて、早急に内容を固め、成立・執行に向けてトップスピードで走り続けることが国会議員に課された責務だと考えます。

それは与党であれ、野党であれ、同じこと。

その責務を果たすためにどれだけ汗をかくか。

その程度によって、国民による信頼が決まる。


信なくば立たず。

2011年06月1日

『行ってきます』(スタッフ)

小林鷹之ブログを御覧の皆様、こんばんは。
事務所スタッフのSです。


『行ってきます』



日本の家庭ではどこにでもある、日常的な朝の挨拶ですね。
皆様は毎朝されていますか?それとも…?


この『行ってきます』という言葉、「どこかへ行く」という意味だけでは無く、「行って帰って来る」という意味があるんです。
何かの史書で読みましたが、それ故に昔の軍人は戦地に赴く際、『行ってきます』とはあまり言わなかったそうです。
言わずもがな、戦地からは帰って来られる保証が無かったからです。


あの悪夢の3・11大災害の日、どれほどの人がこの『行ってきます』という言葉で家を出て行ったでしょう。
仕事へ行ったでしょうか、学校へ行ったでしょうか、出かけて行ったでしょうか。
不幸にも命を落としまった人で、自分が帰って来ない、正確には帰って来られない、と誰が思ったでしょうか?
あの日『行ってきます』と言って家を出たまま、未だ帰ることができない人がたくさんいるかと思うと、無念でなりません。痛恨の極みです。
『行ってきます』に対して『おかえりなさい』を言おうと待っていた人がいると思うと、何ともやり切れない思いでいっぱいになります。


家族にも、仲間にも、恋人にも、ご近所さんにも、誰にでも使うこの言葉には、深い意味があると思っています。『行ってきます』-『おかえりなさい』、たったこれだけの何気ない挨拶には、信頼と絆が存在するのではないでしょうか。
『無事に行って帰ってきます。』ー『無事に帰ってきてくれてありがとう。』という様に、今では勝手に頭で置き換えて考えています。
それに倣えば『行ってらっしゃい』も同じ様に置き換えることができますね。


今は単身住まいなので、自宅から『行ってきます』と言って家を出ることはあまりありませんが、日常的に言う機会ができた時、その意味とその価値をもう一度深く考えてみたいと思います。


内閣不信任案は、本日提出がなされました。同案は既に議運の理事会を経て、明日の本会議での採決が決定しています。
可決の場合の菅政権の選択肢は二者択一しかありません。
多くの造反予想がされる中、永田町では水面下での凄まじい駆け引きが続いています。
政治は一寸先は闇と言われますが、言い得て妙ですね。


今日も皆様、おかえりなさい。
お疲れ様でした。

2011年05月30日

国際感覚

こんばんは。

小林鷹之です。


今日は何より東北地方での大雨が心配です。

一日も早い復旧・復興のためにも、2次災害が大きくならないことを祈ります。


明るい話題もありました。

昨日、長友選手が所属するイタリア・セリエAのインテルが見事優勝しましたね。

長友選手を見ていると、本当にすごい、と思います。

体格のハンディを補って余りある桁外れの運動量。

プロのサッカー選手としては、エリートとは言えない道をコツコツと歩んできたんですね。

努力は裏切らない。

やればできる。

そんな思いを抱かせてくれる長友選手は、まさに日本サッカー界の期待の星。

どんどん活躍していただきたいですね!


さて、そんな長友選手より少し年下の大学生3040人を対象に、本日千葉大学で講義をさせて頂きました。

国際感覚の必要性を説いて、若い学生たちの可能性を広げるきっかけをつくって欲しい、との要望を受けての講義でした。

外交官(ワシントン)、留学(ボストン)、インターン(エチオピア)の経験を基に、今の日本が国際社会において置かれている状況やその問題点、そして一人ひとりに求められている課題などについて、思うところを語らせて頂きました。

学生の方々との意見交換はとても楽しく、刺激的でもありました。


未知の可能性を秘めた若者たちの今後の飛躍を期待しつつ、キャンパスを後にしたのですが、帰り道に米主要紙ニューヨーク・タイムズをチェックしていたら、気になる記事が目に留まりました。

タイトルは、


“Japan Appears Dispensable as a Supplier (サプライヤーとして不要な日本)


要は、「当初考えられていたよりも、日本が世界から隔離されていて、震災によって日本が大打撃を被っても、世界の工業製品の供給網に与える影響は限定的である」ということが書かれているんですね。


そもそも、国内メディアとは異なり、欧米メディアの主要な関心は、既に日本の災害から移り去っています。

そんな中で見つけた記事だっただけに、日本にとってネガティブな内容がとても気になりました。


先日発行した『鷹之からの手紙』にも書いた通り、外国は日本をいつまでも待っていてはくれない。

そんな中で、足元の永田町の政局、まさにコップの中の内向きなせめぎ合いを見ていると、あまりの危機感の欠如に強い不満を禁じ得ません。

国際感覚を身に付けなければならないのは、学生に限ったことではない気がします。

2011年05月28日

内閣不信任決議案の提出について

こんばんは。

小林鷹之です。


ドーヴィル・サミットが閉幕しました。

日本のメディアでは、首脳宣言において「日本への支援」や「原子力の安全」が言及されたと報道されています。

しかし、ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、フィナンシャル・タイムズ等のサミット主要記事は中東支援に関するもの。

我が国の復興のためには国際社会からの持続的な支援・協力が不可欠であることを考えれば、海外の関心との温度差を冷静に踏まえた上で、積極的な情報発信を継続していかなければなりません。

海水注入を巡って公表される情報が二転三転することは、発信される情報そのものへの信憑性を低下させます。

政府には正確かつ迅速な情報発信を担保する体制を速やかに構築していただきたいです。


さて、最近、地元の支援者の方々から、自民党に対するお叱りや失望の声を頂く機会が多くなりました。


「東北の被災地の惨状を考えれば、今、政局を作っている場合ではないだろう。せっかく応援しているんだから、自民党はもっとしっかりしてくれ。」


同感です。


そもそも私は、一部の自民党の長老議員が主張する安易な大連立には反対です。バラマキ政策を含め、民主党のマニフェストの核となる政策に賛同できない以上当然のことです。


しかし、かといって、国難と形容されるこの時期に、能動的に政局を作ることにも反対です。今、国政に求められているのは政局ではなく政策。与野党は建設的な議論を通じて、より質の高い政策を打ち出していくことに注力すべきです。野党としては是々非々で対応すればいいだけの話。


今の内閣支持率を見れば、有権者の大半が、菅内閣に日本の未来を託したいと考えていないことも明らかです。

原発を含め、復旧作業が一段落した時点で、与野党がそれぞれ復興に関する公約を掲げ、総選挙で国民の信を問えばいいと考えます。


内閣不信任決議を出したい気持ちは私も同じです。

でも、この国の現状を考えれば、ぐっと堪える必要があると考えます。

以上が足元の政局に関する、私の基本的なスタンスです。


最後に。
今日は、娘にとって、生まれて初めての誕生日です。
あいにく娘は流行りの風邪にかかり、39度超の熱が出ています。
額に冷えピタを貼られた寝顔を見ていると、「おめでとう」だけじゃなくて、「1年間頑張ったね。ありがとう。」そんな気持ちにさせられます。
たった一本のロウソクは、娘にとって堂々たる金字塔に思えてなりません。



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2011年05月26日

哀愁(スタッフ)

小林鷹之ブログを御覧の皆様、こんばんは。
事務所スタッフのSです。


日の入がだんだんと遅くなり、19時を過ぎてもまだうっすら明るい日もあります。
緩慢ながら季節は確実に夏へと向かっていますね。


昨晩は所用で地元へ立ち寄りました。
地元と言っても今住んでいる所からさほど離れていないのですが、自分が幼少から育った場所というのはやはり特別な存在です。
4歳の頃から住み、もう20年を経過してもこの場所だけは何も変わらない。
立ち止まり辺りを見渡す度にそれを実感します。見慣れた風景の並ぶこの場所で、仲間と笑ったり泣いたり怒ったり走ったり、何でもしました。
あの頃と違って、多少純情さを失ってしまった気はしますが、根幹は今でも何も変わっていない様な気がします。良いことなのか悪いことなのか、そこまで考えるのは止めました(笑)。
ノスタルジックな余韻を感じながら、昨日はそのまま歩いて帰りました。
少々のダイエットにもなったでしょうか?


閑話休題ですが、
『政治を知る』ということには、決して終わりはないと思っています。
それは歴史と同等であり、日々激しく流動する世界を知ることには、終わりは存在しません。


旧石器時代より始まり、卑弥呼の邪馬台国に中世の時代、戦国の世、江戸幕府の成立、幕末、明治維新、帝国憲法制定、国際連盟脱退、太平洋戦争から終戦、55年体制の崩壊、そして一昨年の政権交代。
国内だけでも、数えきれない数多の歴史があります。政治もそれと共に歩んで来ました。
知っても知っても、例え知りつくした人が居たとしても、またその瞬間から政治の歴史は刻まれています。
その世界に身を置く人間は政治を知ることが極めて必然であり、そうあって然るべきだと思います。
原発問題が未だ収束しない中、国内政治は未だ混迷を深めています。
内閣不信任案は、提出される見通しであると報道があります。
不信任案は提出されるだけでも大きな政局です。
永田町も風雲急を告げそうです。
しかし小林が常々申し上げている様に、『政局在りきの政治』は誰も望んでいないはずです。
政局が常にチラつき、急務な政目且つ重要な議論が闊達に交わされない、ウィーン会議じゃないですが、踊れど前へ進まない政治であっては意味がありません。


政権与党である民主党からは、若い代議士が一人離党しました。
果たしてこれに『あいのり』する人々は現れるのでしょうか。


現代の政治も、過去に倣って数多の歴史を刻んで行く様です。
いつ何時も、学びが必要ですね。

2011年05月25日

タイガーマスク現象―その後(スタッフ)


みなさん、こんにちは。

小林鷹之事務所のスタッフAです。

今週はぐずついた天気が続くようですが、今日はその合間を縫うようなお天気!

みなさまは如何過ごされましたか?


さて今日は先日テレビで特集していた「タイガーマスク現象―その後」の話題です。

タイガーマスク現象。皆さんもご記憶に新しいのではないでしょうか。

昨年12月末に「伊達直人」を名乗る人物から群馬県の児童相談所へランドセルが贈られたのを皮切りに、全国の児童養護施設に相次いだプレゼント。

「善意」は「善意」を呼び、今年1月15日の時点で確認された寄付行為の件数は実に1000件を超え、贈られたものはランドセルだけで750個余り、現金や商品券は約3200万円分に上ったと言われています。


あれから半年。番組では、タイガーマスクから贈り物が届いた施設の「その後」を追っていました。


取材していた児童養護施設で生活している子どもの約8割は「虐待」によるもの。

増え続ける虐待でその施設は満員状態。中学卒業後に進学しない場合には施設を出ていかなければなりません。番組では、高校受験に成功しなければ共に暮らす唯一の肉親である小学生の弟と離れ離れになる中学生の女の子の挑戦や、親の育児放棄で2歳から17年間施設で生活していた女子生徒が19歳となり、わずか21万円の支度金で自立しなければならない厳しい現実を取り上げていました。


番組を見ていて感じたこと。


それはやはり施設における対応の限界です。

番組でも取り上げていましたが、施設の子供達は初対面の来客でも、まとわり付くように抱きついてきます。それは虐待により愛情を受けるべきときに受けられなかった子ども達は他者との距離感がうまくつかめず、「この人は信頼できる大人か」「自分のことを嫌わないか」常に確かめてしまうからと言われています。

こういった子どもに必要なのは、安心できる「家庭」での生活ではないでしょうか。


現在我が国では、虐待を受けた子どもの保護を20人から30人程度の「施設」での共同生活の下で行っているのが実情です。

スタッフの皆様の日夜のご苦労は素晴らしいものではありますが、やはり施設での共同生活はきめ細やかな対応が行き届かないところもあるでしょう。

「先生」ではなくて「お母さん、お父さん」からしか得られない愛情というものもあるでしょう。


我が国においても、諸外国のように里親制度をより促進させ、子どもたちを少人数のより家庭的な雰囲気で育ててあげたい。

そのためには、「伊達直人」のような個人の善意はもちろん、行政としても意識の改革が必要である。


そんなことを考えた夜でした。

「伊達直人」さんと同じ名前の「菅直人」さん。

真のヒーローは表に立たず、ひっそりと功績をなす方ですよ。

2011年05月25日

債権放棄発言に見るポピュリズム

こんにちは。
小林鷹之です。


震災後にしばらく自粛していた朝の駅頭での演説ですが、連休明けから再開しました。
真冬に比べると、気温は高いし、日の出が早いので、全く苦にはなりません。
ただ、娘が不規則な時間に目を覚ます日は、寝不足のまま駅に向かうので、目の下にクマが出ている日もありますが、いたって元気です!


駅立ち後に訪れた地元の企業。
八千代市の農村地帯でとてものどかな場所にあります。
そこで、社長とお話ししていたら、次の面会相手の方がいらっしゃいました。
よく見たら、ボクシングの元世界チャンピョンの畑山隆則さんでした!
現役時代から、ものすごくかっこいい人だなあ、と思っていた人なので、少し得した気分になりました。

さて、金融機関による東電への債権放棄に関する枝野官房長官の発言。
この問題がいまだ尾を引いています。
発言内容が曖昧なため、詳しい真意を図りかねますが、要は「公的資金の活用については、金融機関による事実上の債権放棄が前提」との立場をとっていると解釈せざるを得ません。
これは由々しき問題です。

確かに、有権者の立場からは、一見もっともらしく聞こえるかもしれません。
しかし、この手の発言は、「金融機関=金の亡者、社会的強者、国民(納税者)=被害者、社会的弱者」という単純な構図の中で、「強きを挫き、弱きを助く」のが政治家としての善であるとするパフォーマンス以外の何物でもありません。
いや、パフォーマンスで終わればまだいい。


金融機関は、法という民主主義のプロセスの中で定められたルールに基づいて東電に融資したわけで、株主責任すら問わないままに、「自発的」(≒半強制的)な債権放棄を主張することは、法治国家としての原理原則を根底から覆しかねません。
ポピュリズムそのものです。


ただでさえ企業、とりわけ市場で社債による大規模な資金調達が困難な中小企業に、十分な資金が行き渡っていない状況なんです。
法というルールそのものへの信頼が揺らげば、金融機関は何を基準に貸し出しを行えば良いがわからなくなり、更なる金融収縮を惹起し、その結果、日本経済が一段と悪化するのは目に見えています。それに海外からの資金も日本を忌避するようになります。
「何となくあいつ(金融機関)が気に食わないから責任を押し付けてしまえ」というのは、いじめと同じです。


一方で、報道によると、被災企業等が抱える二重ローン問題への対策として官民出資による再生ファンド案が浮上しているとのこと。
対象企業の選定方法や債権の買い取り価格の査定方法など、スキームの詳細はまだ見えてきてはいませんが、発想としては評価できると私は考えております。

但し、債権の買い取り価格を巡り、金融機関はできるだけ簿価に近い額での買い取りを希望しているとの報道がなされています。
この点については、一言コメントしておきます。

金融機関がこのような主張をするのは自然ですが、本件については、仮にファンドを設けなければ、ルールに基づき、金融機関は相当程度の損失を被るものと考えられます。
被災企業の担保価値が相当程度毀損しているのだから当然ですね。
そのような中で、敢えて、国民負担が生じる可能性があるスキームを立ち上げようとしているわけですから、納税者の利益を可能な限り保護するために、金融機関に一定のヘアカット(≒債権放棄)等を求めることは理に適っています。

以上のように、それぞれのケースによって、金融機関と国民(納税者)との関係は、異なってくるのが当然です。
何となく聞こえが良いから、というだけの理由で国民を欺こうとする言動を政治家は慎むべきです。
マニフェストの失敗に懲りず、そんな行為を続けていれば、政治への信頼はいつまでたっても回復しないんです。

2011年05月24日

2億5千万年(スタッフ)

こんばんは。
小林鷹之事務所のスタッフRです。
暖かくなったり寒くなったりと気温の変化が激しい毎日ですね。体調を崩さないよう気をつけましょう。
世界は、初め一つの大陸だった。
そこから
2億5千万年をかけて6つの大陸、アジア大陸
アフリカ、アメリカ大陸、南極大陸、ヨーロッパ大陸、オーストラリア大陸に分かれていき現在の地球になった。そして今地球は、再び一つの大陸に戻ろうとしているという話を聞きました。壮大な話で全てを理解することはできなかったのですが、2億5千万年後の地球は海岸部では嵐が吹き荒れ、内陸部では灼熱の砂漠地帯が広がっているようです。とても生命が生きていける状態ではないという話でした。
現在から見た
2億5千万年前は恐竜が絶滅した時期だと言われています。では、2億5千万年後にもし人類が存在するのだとしたら、その未来から見た現在はどのように見えているのでしょうか。想像することさえ大変難しいです。
それでも唯一わかっていることは2億5千万年経過しても、時間という概念が存在するかぎり、過去と未来のつながりの中に現在があるということです。私たちはそのつながりの中の一つで過去に起こったさまざな出来事の上に立ち、今私たちが行っていることは
2億5千万年後の地球や未来の誰か
に影響を与えているのです。
つまり現在の私達の行いで
2億5千万年後の地球は生命に満ち溢れている地球になるのかもしれません。
壮大なロマンです。
目先の事を考えるだけでなく、遠い未来に思いを馳せながら日々を生きていきたいものです。

2011年05月22日

IMFのトップは日本から出すべきだ

こんばんは。

小林鷹之です。



今日は夕方から天気が崩れましたね。

傘を持たずに外を歩いていたので、クリーニングに出したばかりのスーツがびしょびしょになりました(苦笑)。

こんな日は疲労も溜まりますが、帰宅後の娘の笑顔で全てが吹っ飛びます(笑)。



さて、先日、IMF(国際通貨基金)のストロスカーン専務理事が辞任しました。


IMFとは、平たく言えば、ある国が資金繰りに困った時にお金を貸し出し、通貨や世界経済の安定に寄与する金融機関です。

開発金融を担当する世界銀行と共に、ブレトンウッズ機関と呼ばれ、とても影響力のある国際機関です。



そのIMFのトップを専務理事(Managing Director)と言います。

これまでは、設立以来、ずっと欧州から選出されてきました。

一方の世界銀行のトップはアメリカからとなっています。

これは何か明文の規定があるわけではなく、慣習に過ぎません。



今回のIMF専務理事の辞任理由もさることながら、世界経済における新興国経済の占める割合が増加してきていることから、この慣習に抵抗する動きが最近強くなってきています。



今朝の読売新聞の社説でも、「IMF専務理事を(新興国である)中南米やアジアから選ぶべきだ」との主張が掲載されていました。



財務省での勤務時代、IMF関連の仕事にも携わりました。

その時の経験に照らして言えば、私は、専務理事を欧州から選び続ける必要はないと思います。

しかし、新興国である中南米やアジアから選べば良いとも思いません。

何故なら、ブラジルやアルゼンチンを含め、IMFから融資を受けてきた国、つまり資金の借り手国から貸し手である金融機関のトップを選ぶというのはモラルハザードや利益相反といった問題を惹起すると考えられるからです。



であるとすれば、欧州以外で専務理事を出せる国はどこか?



私は、日本しかないと思います。



IMFにおける存在感を示す一つの大きな指標は、クォータ(出資割当額)と呼ばれるものです。

このクォータは相対的な経済規模によって決定されますが、具体的には、GDP、開放度、外貨準備等の要因によることになっています。

クォータはIMF内における投票権の大きさとも連動します。国連とは異なり、一国一票ではないんですね。

そして、我が国は米国に次いで二位の地位を占めている。


しかも、2008年のリーマンショックで崩壊寸前にあった世界経済を支えるにあたり、IMFは大きな役割を果たしましたが、何故それが可能だったのか。

危機の直後に、真っ先に日本政府(麻生内閣)が手を挙げて、IMFとの間で1,000億ドルもの緊急支援を約束したんですね。

日本が口火を切ったからこそ、他の欧州や新興国も後を追って支援を約束したんです。

これまでの経緯を見れば、日本が専務理事を出しても全くおかしくないんです。



確かに、こういう国際機関の長のポストを獲得するには、緻密な戦略と入念な根回しが必要であり、そう簡単にはいきません。

だからこそ、そういう作業が不得手な我が国は、波風を起こすことを避け、専務理事の下にいる3人の副専務理事のうち、一つの席を確保し続けることで満足してきたところがあります。



しかし、既に波風が立ち始めている今の状況に鑑みれば、我が国としては、欧州や新興国に遠慮することなく、本気でトップを狙いにいくべき時期が来ている。

それくらいの気概を世界に対して堂々と示すべきです。

2011年05月16日

匂いが教えてくれる​もの。( スタッフ)

こんばんは。
小林鷹之事務所のスタッフSです。


先週末は天気にも恵まれ、春らしく陽気な気候でしたね。
快晴のそよ風は実に気持ち良いものです。
そんな先週末、八千代市内のとある歩道にて、手を繋いで散歩をしている老夫婦を見かけました。
手を添えてる訳ではなくて、しっかりと互いの手を取り合って歩いていた。
何歳になってもああやって仲睦まじくいられることは、何とも微笑ましく幸せなことで、見ているこちらもほのぼのした気分になりました。


私の主観ですが、季節には独特の匂いがあると思います。
よく天気の良い夜に、自宅のベランダに一人佇むことがあります。
特別何かするわけでもなく、何か考えるわけでもなく、ただ世の雰囲気を感じること。
どこかセンチメンタルな気持ちにもなったりもしますが、その度に四季の匂いを感じます。
春は、越冬してまた繁った草花の匂いです。


ロシアの小説家・ツルゲーネフの『片恋』の末文。
『人間のあらゆる喜びや哀しみといった感情は、草花のわずかな香りより、遥かに寿命が短いものだ。』


確かに、喜びや幸せ、悔しさや怒りは、ツルゲーネフの言う通り草花のわずかな香りよりも、短く儚いものかもしれません。
しかし、人はそれを計らずとして感じ、表現し、そしてまたそれを繰り返すのです。
草花のわずかな香りより短い感情であっても、それは時に人生を左右するものとなるかもしれない。
儚いけれど、究極に尊いものだと思います。


何時いかなる状況でも、自分の感情というのは大切にしたいですね。
とくとそう思います。


明日も、『善心』を『全身』で感じて『前進』したいと思います。

2011年05月14日

嘉手納統合案に見る米国政治情勢

こんばんは。

小林鷹之です。



今日も良い天気でしたね。

朝から、地元の植栽ボランティアの方々と共に、街路樹のツツジの剪定(せんてい)をやらせていただきました。

先日のスタッフブログでも紹介されたツツジです。

チェーンソーを片手に皆で片っ端から刈り続けるのですが、かなり大変な作業だなと感じました。

私は所用のため午前の一部のみしか参加させて頂けませんでしたが、ご高齢の方が多いボランティアの方々は一日中やられたので、本当に頭が下がります。

お疲れ様でした!



さて、話は変わりますが、現在、原発問題への対処等に国内の関心が集中している傍らで、外交問題がプレイアップされない状況が続いています。

北方領土において、ロシアが更なる軍備拡張を行い、実効支配を固めようとしている点はその最たる例です。

そして、米軍普天間基地の移設問題もその例に漏れません。



数日前に、米国上院軍事委員会のレビン委員長らが普天間基地の嘉手納基地への統合について言及したことが波紋を広げています。

そもそも、嘉手納統合については、これまでに交渉過程で何度か浮上してきた案ですが、騒音問題の更なる悪化や、空軍(嘉手納)と海兵隊(普天間)の統合オペレーションに問題が生じうるという理由で日の目を見ることはありませんでした。

しかも、先月末に、日本政府が、辺野古移設・I字案(滑走路が1本)を断念し、米国の主張する同V字案(滑走路が2本)とする方針を固めたとの報道がなされたばかりです(そもそも、このV字案は5年前に前政権下で合意されていたのですが・・・)。

日本政府が、辺野古移設こそが日米による政府合意であるとし、今回の嘉手納統合は米国の一部の議員による意見に過ぎないとするのは、自然な捉え方です。



しかし、米国の国内ポリティクスの観点も念頭に置いておかなければならないと思います。

今回、レビン議員が嘉手納統合案を主張した理由として、日本の国内事情によりこのままでは基地問題が解決されないことに加え、予算を可能な限り抑制したいとの背景があったようです。



今、米国では、軍事面に限らず、予算、すなわち財政問題が大きな争点になっています。

米国では、連邦債務(累積ベース)の上限を法律で規定します。

これまでも、債務残高が上限に近づくたびに政府による要請を受けて、その都度議会が上限を引き上げてきたのですが、今回は非常に難しい様相を呈しているんですね。



その原因が、米国の国内政治情勢の変化です。

昨年秋の中間選挙によって、米議会の状況が一変しました。

下院では多数派が民主党から共和党へと変わり、上院では民主党が何とか多数派を占めてはいるものの、フィリバスター(議事進行妨害)を阻止するための60議席のラインを割りました。

簡単に言えば、オバマ大統領(民主党)率いるホワイトハウスと議会との関係が非常に難しくなったということです。

議院内閣制の下で、議会最大与党から総理を出すことが通例の我が国とは政治体制が異なるんですね。



しかも来年の大統領選に向けて、与野党の政治的駆け引きが激化しています。

連邦債務の上限引き上げの話もその一つの材料となっていることは否定できない事実です。

万一、米国の債務がその上限を超えることになれば、米国債がデフォルトし、世界経済が大混乱するでしょうから、米政府としては何としてでも避けなければならないシナリオです。

議会で力を持つ共和党は、その足元を見て様々な要求をし、色々な角度から譲歩を引き出そうとするでしょう。



したがって、普天間の問題にしても、米政府との合意を重視するのは当然ですが、相手国の政治情勢を踏まえ、流動的な面が強くなっていることを認識した上で、日本政府としての意思決定を下していかねばなりません。

災害対応に全力を尽くすことは当然ですが、それによって外交に関するアプローチが単調になることがあってはなりません。

2011年05月12日

悪天候の折に。。。(スタッフ)

みなさん、こんばんは。

小林鷹之事務所のスタッフAです。


今日は一日雨降りのすっきりとしないお天気。

天気予報によれば、東日本では引き続き13日朝にかけて、局地的に雷を伴って1時間に20~30ミリの激しい雨が降るとのこと。

地震の影響により地盤が緩んでいる所もあり、がけ崩れ等の土砂災害の起こるおそれもあるといいます。みなさま、どうかお気を付け下さい。


さて、今日のように、強い雨風に見舞われた日。小林鷹之事務所のスタッフとして、常に気掛かりとなるのが「街の分身が元気でいるか」ということです。


「街の分身」。そう、小林鷹之のポスターのこと。


お蔭さまで最近では街の各所に小林鷹之のポスターを貼らせて頂いているのですが、このポスター、自然の力を前に盤石とはいえません。

念のため申し添えさせて頂くと、我々としても、強度を補強するために板による裏打ちをするなど工夫はしているのです。それでも特に地元八千代は内陸にもかかわらず強風が吹くこともあり、気付くと分身君が居なくなっている、そんなこともしばしばです。


強風の翌日は、スタッフ総出でパトロールをしておりますが、それでも目が行き届かないところがございます。

破損したポスターでご近隣の皆様にご迷惑をお掛けしてはそれこそ本末転倒でございますので、ポスターが破れている、剥がれている、壊れている。何かしらお気づきの点がございましたらお手数ですが小林鷹之事務所(047-409-5842)までどうぞご一報ください。


それでは皆様、夏のような天気になったかと思うと、この肌寒さ。

気紛れなジグザグ天気に対応するのは大変ですが、どうぞお風邪を召されませぬようにご自愛くださいね。

2011年05月9日

スーツ(スタッフ)

こんばんは、事務所スタッフのRです。
昨日はとても暑かったですね。車を運転しているときは窓を全開にして、スーツを脱いで運転していました。そこで私、ふと思いました。
なぜこんな暑いのにスーツを着ているのだろうと。
気になったので少し調べてみました。


1858年の日米修好通商条約により各地の港が開かれ西洋文化が広まったため。
江戸幕府が軍服を西洋式にすることを決めたため。
明治維新以降、政府が欧米化の一環としてスーツを奨励したため。
和装だと着る手間がかかる上に動きにくく機能的でないため。
など、さまざまな理由があるようですが、第二次世界大戦の終戦後、西洋文化が日本に大きく入ってきたことが大きな理由のようです。


つまり、1000年以上和服を着ていた日本人が、スーツを着るようになったのは、
ここ150年くらいの間ということです。
時代の変化は私が思っているより、突然で目まぐるしいスピードで起こっていくようです。


現在の日本は原発や震災、借金など様々な問題を抱えています。
このような問題を解決していくには、日本の生活様式が和装からスーツに変わったように現在の私達の生活にも大きな変化が求められているときなのかもしれません。
スーツを脱いでそんなことを思う1日でした。

2011年05月8日

浜岡原発の停止について

こんばんは。

小林鷹之です。


今日はGWの最終日。

とても良い天気でしたので、外出された方も多かったのではないでしょうか。

八千代市から印西市に入ったすぐの所にある北総花の丘公園のそばをたまたま通りがかりましたが、家族連れの方々でとても賑わっていました。

一方で、今日の気温でさえ「暑いなあ・・・」と感じたのも事実。

節電の夏に向けて、気を引き締めていかないといけませんね。


さて、その節電ですが、私たち国民一人ひとりが我慢すれば済む問題であれば良いのですが、企業にとっては大きな問題です。

一昨日の晩に突然なされた総理の記者会見。

中部電力に対して、浜岡原発停止の要請がなされました。

多くの企業関係者は驚きをもって受け止めたと思います。


賛否両論ありますが、どちらの立場をとってもリスクを伴います。そして、そのリスクを比較衡量するのは簡単な作業ではありません。だからこそ、国民の負託を受けた政治家こそが最終的に決断できるし、しなければならない。


菅総理がそれだけの覚悟をもって比較衡量し、今回の停止の決断をしたのであれば、それも一つの在り方かもしれません。

でも、そのプロセスを見ていると私自身はどうしても納得できません。


菅総理や海江田経済産業大臣は、「今後30年以内に87%の確率でM8程度の東海地震が発生する」との説明の一点張り。


しかし、浜岡原発が何故問題になのかと言えば、東海地震で想定される震源がその直下にあるからですが、今回の巨大な地震においても福島原発は緊急停止ができたわけです。

では、津波に対する対策ができてないかと言えば、今回問題になった予備電源や給水ポンプは既に高い場所に移しているわけです。

そうしてもなお停止しなければならない理由を政府には具体的に説明していただきたいと思います。

原発停止がもたらすリスクは無視できないほど大きいのです。


仮に停止するのであれば、今後のエネルギー安全保障に対するスタンスの変更は勿論のこと、原発停止が国民生活や企業活動に与えるネガティブインパクトを十分に説明した上で、それをどの程度、そして、どのように相殺していくのかを具体的に示す責任が政府にはある。

これからの復興を牽引するにあたっては、国民一人ひとりの努力が必要なのは勿論ですが、やはり一番求められるのは企業の活力です。

政治の場当たり的な判断によって、一民間企業の活動に死活的に重要な制約が課され得るとの認識が市場に広まれば、企業やカネは日本から逃避していくことは想像に難くありません。


浜岡原発停止の決断を、総理が軽く下したとは思いません。

色々悩んだのだと思います。

しかし、それが本当に十分に検討し、悩み切った末の判断であったとはどうしても思えません。

みなさんはいかが思われますか?

<p><!– レスポンシブに対応していない為、非表示にしています。2017年10月23日佐野
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